表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

第二章:咲き誇る才覚

 アステリアの改革は迅速だった。まだ採掘が始まって数ヶ月、そして鉄鉱山よりもノウハウの蓄積が少ない銀鉱山だからこそ出来ることである。ここでは徹底的な効率化や新たな技術の導入は慣習を乱し働き手から仕事を奪うものではなく、事業の立ち上げに伴う変化の一つとなる。責任は誰でもなく自分が持つという勅命は、背負うべき荷であるがそれ以上に自由の保証書であった。

 彼女は現地の管理官との顔合わせを終えるとまずは鉱夫たちの宿場へと向かい、仕事を終えた現場の鉱夫たちの飯と酒に付き合いながらの聞き込みによって労働環境を徹底的に調査した。働き手の生の声を連日に渡って聞くと同時にまだ未整理部分も多い資料を捲り、ついでに帝都では標準様式となっている方式にまとめ、申し入れていた現場見学の準備が出来たと聞けば採掘現場をその目で見に行く。採掘量を見積もった地質学者からも話を聞き、鉱山の地盤や地質、発掘や精錬の際に周囲の環境を壊す懸念点についても丁寧に尋ね書類の形に出来うる限りわかりやすく纏めて一部は帝都へと送付した。まだ鉱業の歴史の浅い帝国において、環境汚染の可能性への言及とそれを防ぐための施策は手をつけるのが早いほどに有益であろう。王国で未だ蔓延る貴族のよく言えば「ノブレス・オブリージュ」、実際には「実態を確認しないまま上から目線」の執務とは異なり、彼女は泥にまみれ、数値を計算し、管理官や鉱夫たち、鉱山町を形成しようとしている住民たちと幾度も協議し、結果として効率的な生体由来の魔導動力を活用した採掘機を導入し、魔導火力を利用する小規模な精錬施設の建築を始め、それらを前提とした坑道の整備計画を年単位で提出した。

 ここまでに、半月。

 そして現在ある坑道の採掘を四分の一の人員で行えるようにし、明日から三本の新たな坑道を整備しつつ採掘を開始するとアステリアは宣言する。

「アステリア様、本当にこんなやり方で……?我が国で生産する魔導具では技術が追いつきませんから輸入品となりますし、燃料に相当する魔石も購入するとなると採算が取れないのではありませんか?」

 戸惑う現地の管理官たちに、彼女は淡々と指示を出す。

「ええ、現状としては赤字です。ですが初期費用とは、往々にして赤字になるものですわ。特に新しい技術を取り入れた時は顕著です……ただ、今回はフェルゼン公爵領に拠点を置く商会を通じ、請求書は公爵家に付けています」

「……それは、問題ないのですか?」

「ありますわ、正規の手順を踏んではいませんもの。ですが責任を負うのは私、支払いをするのは公爵家。あら、帝国の誰も損をしませんことよ?」

 茶目っ気を滲ませて微笑むアステリアに、思わずといった様子で会議室のあちこちから笑い声が上がる。

「感情としては不安もあるでしょうし、納得もいかない部分があるとは思います。ですが一旦は不信を捨て、私の立てたこの鉱山の運営論理、経営計画に従ってみてください。この鉱山で働いている皆さんと協議できたからこそ立てることのできた計画です。この採掘機械を前提とした導線で動けば、疲労度は三割減り、産出量は五割増えます」

「……アステリア様は、この鉱山の産出量を倍にしなければいけないと聞いておりますが……」

「あら」

 ちょっとした失敗に気づいたような顔でアステリアが目を丸くし、口元を押さえる。若干、わざとらしく。

「坑道一本あたり、五割増しでしたわ。大切なことを言い忘れておりました」

「んっ……」

 驚きもあったのだろうが、芝居がかった語り口に再び吹き出す声が上がる。

「鉱脈まで辿り着く時間もあるし、単純な計算通りにはならないと思いますけれど……あと半月で先月の二倍の採掘量は確実に満たせます。そしてこれは嚆矢にすぎませんわ。精錬に至るまでの工程をこの地で行い、インゴットの形で輸出することで利益率は跳ね上がります。勿論それは国益になり、そして皆様のお給金にもなるというわけです」

 熱意と理論、そして将来の見通し。

 それが適切に揃ったならば、人は動く――動きたくなるものだ。


 二倍という結果は、着任から二十日あまりで出た。一ヶ月の後には産出量は三倍に跳ね上がり、さらに彼女は副産物として得られる希少鉱石の販路を、中立国レティシアへと繋いだ。この鉱石は希少ではあるが未だ性質や使用法が研究段階にあるもので、現状では政治的に安定し学術機関も多いレティシアへと流す方が帝国で研究を試みるより利が多い。そしてその代わりにレティシアからは火属性の魔石を纏まった量で輸入できる手筈も整えた。

 最終的には国家間での貿易になるので承認は皇帝にぶん投げたが、許可さえ下りれば動かせる状態まで整えてある。

「……精錬施設まで建築が始まっている、だと……?」

 ジークフリートは驚愕した。二倍の採掘量は何らかの手段で可能な範囲だと思っていたし、元がまだ少ないだけに三倍も視野に入らないではなかったが、付随事項が多すぎる。

 貿易許可証を直筆で書き終えると、彼は自ら早馬に跨って銀鉱山を、その管理官詰所に臨時に作られたアステリアの執務室を訪れた。そこには、山のような書類に囲まれ、眼鏡をかけてペンを走らせる彼女の姿があった。執務室の扉は開いたままで時折管理官や使用人、鉱夫の代表が訪れているようだが、既に通常業務については管理官に引き継ぎつつあるようであった。

「あら、陛下。出迎えもせず失礼致しました」

「良い。今日の先触れを出さなかったのは俺だ」

「本日到着されるとは伺っておりましたが、書類に夢中になってしまいまして」

 山を為す書類にちらりと目を走らせれば、精錬施設の建築に関するものである。広げられた設計図はアステリアの実務用に簡略化され、建築家でなくともわかる形に落とし込まれていた。だからこそそれに目を走らせたジークフリートにも、小規模な精錬施設として建築されているそれが拡張を前提にされていることが理解できた。

 この銀鉱山にはまだ鉱夫を増やす余地があり、採掘を終え閉山した鉱山から次々に鉱夫が移ってきてもいる。採掘量はあと三年は増え続け、埋蔵量はそれを数十年維持できると見込まれている。生体魔力とは魔法を使えない者でも一般に持つ魔力であり、無茶な吸い出し方などされなければ一晩寝れば回復するものでもある。睡眠を取れば疲れが残らないという点で、ツルハシを振るう筋肉や持久力よりも優れた人力エネルギーと言えるだろう。坑道が長くなれば鉱石の運び出しルートが必要になるが、こちらも生体魔力による補助動力を組み込んだ手動トロッコの設置が予定に組み込まれていて、最初からあった坑道では既にレールの設置が始まっている。

 そして採掘量の増加に対応して拡張を進めることのできる精錬施設が作られている。

「……アステリア。お前は、あんな小さな王国で燻っているような器ではなかったようだな」

「恐縮です、陛下」

 謁見の間よりはどこかくだけた表情で微笑むアステリアに、ジークフリートは満足気に頷いた。

「約束だ。お前を帝国の筆頭執務官に任ずる。フェルゼン公爵家の移住許可と帝国の市民権も出そう、使用人は法律に従って、移住から三年をもって市民権を付与する。また、改めてアステリアを当主とし侯爵位を授ける。同爵位をあたえることは出来ないが今は公爵は建国の臣と皇家の臣籍降下にのみ与える規定だ、許せ」

「い、いえ……むしろ亡命に等しきような我が身へ最高の叙爵を頂けますは望外の喜び……格段のご配慮、感謝申し上げます。私からも急ぎ父に手紙を書きますので使者となる方にお預け願えますか?」

「勿論だ。それと……これを」

 未だ与えられる爵位の重さに戸惑い気味であるアステリアへとさらに差し出されたのは、美しい光条の星を持つ青い宝石のついた指輪だった。

「これは?」

「帝国の『守護されし者の証』だ。これを持つ者に手出しする者は、皇帝である俺が直々に叩き潰す。……お前を、もう誰にも『化け物』などとは呼ばせない」

 その右手を取り中指へとアステリアの胸に、かつて感じたことのない熱い感情が込み上げた。

 王国では「女の分際で」「可愛げがない」と疎まれた自分の才覚が、ここでは「守るべき価値」として認められたのだ。

「ありがとうございます。陛下のご守護に相応しき忠誠と献身を、フェルゼンの家名とアステリアの我が名に誓いましょう」

 右手に確かな重みを、胸に自然と込み上げる熱意と歓喜を感じながら、新たなる主君へとアステリアは心からの最敬礼を捧げたのであった。

私「迅速ってレベルじゃねーぞ……あとしれっと書類に埋もれてんなよアステリア、お前ここに骨埋めるのかよ。埋めないんだろ。引き継いで???」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ