真奈の仕事場
――4年後
「真~奈っ! 仕事終わった? 一緒に帰ろ~」
「紗耶香」
「お~紗耶香ちゃん。今日も真奈ちゃんのお迎えかい?相変わらず仲が良いねぇ」
「あ、社長さんこんばんは!! 今日も真奈がへましたりしなかったですか?」
「ちょっと、紗耶香……」
「全然、真奈ちゃんは仕事も早くて、正確で、いつも本当に助かってるよ」
「ならよかった。これからも真奈の事宜しくお願いしますね。これ、賄賂という名の差し入れです」
「ははは。紗耶香ちゃんは真奈ちゃんの良い保護者だ。ありがたく頂くよ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
高校を卒業後、私は小さな自動車の部品工場で事務として働いている。
その職場も、早いものでお世話になり始めて1年半近くが経とうとしていた。
職場は従業員8人と小さな工場だけど、みんな優しくて面白い人達ばかり。和気あいあいと楽しい職場だ。
紗耶香も、いつの間に仲良くなったのか、よくこうして遊びに来ては、お茶やお菓子をご馳走になって寛いで行く。
「真奈ちゃん。今日の仕事はその辺にして、紗耶香ちゃんと一緒に帰りなさい。10月も終わりに近づいて、暗くなるのも早いからね。二人で気をつけて帰りなさい。お疲れ様」
「お疲れ様でした。じゃあ、お言葉に甘えて……行こっか、紗耶香」
「はいよ~」
紗耶香と事務所を出ようと工場と事務所を繋ぐドアを開けた時
「お、紗耶香ちゃん。今日も来てたのか」
「あ、橘さん。こんばんは~」
橘さんと鉢合わせした。
橘さんとは、職人としてこの工場で働いている従業員の一人。
「こんばんは。紗耶香ちゃんが来たって事は、真奈は今日はあがり?お疲れ」
「はい、お疲れ様です。橘さんは、まだお仕事ですか?」
「そうだな。もうちょっとかかりそうかな」
「そうですか。いつも遅くまでご苦労様です。あ、事務所に紗耶香が、差し入れにって持ってきたドーナツがあるんです。良かったら手のあいた時にでも食べて下さいね」
「お、丁度腹減ってたんだ早速貰うよ。ありがとな、真奈」
橘さんの大きくてゴツゴツした手でポンポンと頭を撫でられた。
橘さんは、私とは3歳違いの23歳で、この会社唯一の20代。歳が近いせいか入社当初からよくこうして気さくに話しかけてくれたり、気にかけてくれる優しい先輩。
「あ~おほん。取り込み中の所失礼しますが……」
突然、私と橘さんの会話に、どこか不服そうな顔で紗耶香が口を挟んで来る。
「それ買ってきたの私なんですけどね~。私にはないんですか? ありがとうの一言」
「おっと、そうだったそうだった。紗耶香ちゃんも、ありがとな」
「いえいえ、どういたしまして。ところで……」
「うおっ?」
突然、紗耶香が橘さんの腕を強引に引っ張ると、私に背を向けて二人コソコソ内緒話を始める。
「橘さんて真奈にだけやたら優しいよね? もしかして真奈の事狙ってます?」
「っ……」
「あ、やっぱり、図星ですか」
「………」
紗耶香と橘さんの内緒話は、私には聞こえていなかったけど、橘さんがどことなく困っているように見えた。
きっとまた、紗耶香が馬鹿な事を言って困らせているのだろうと、私は助け船のつもりで二人に声を掛ける。
「紗耶香? 何二人でコソコソ話してるの?」
その時、急に紗耶香がバシバシと橘さんの背中を叩いたかと思うと、上機嫌で私の顔を見て来た。
「……何?」
「ん?何でもない何でもない。帰ろっか、真奈」
今度は強引に私の腕を引いて帰るよう促す紗耶香。
「橘さん。ドーナツのお返しは3倍で受け付けてるんで、宜しくお願いしますね。そうだな~今度真奈と私に食事でもご馳走してくれればOKですよ」
「え?ちょっと、紗耶香ちゃん?」
「じゃ、そう言う事で楽しみにしてますね~!」
「………」
紗耶香の強引さに苦笑いを浮かべる橘さん。
「も~紗耶香、馬鹿な事言ってないで帰るよ! 橘さんすみません。この子の言う事なんて全然気にしなくて大丈夫ですからね。どうぞ気にせず召し上がって下さい。じゃ、お先に失礼します。お騒がせしてすみませんでした」
紗耶香の強引さを謝る私に、橘さんは苦笑いを浮かべたままいつものようにポンポンと優しく頭を撫でてくれた。
「あぁ、お疲れ真奈。また明日な」
どうやら紗耶香の無礼を怒ってはいないみたい?
ホッと胸を撫で下ろしながら、私は深々と頭を下げ、事務所を後にした。




