臆病者の葛藤
――おばさんに引き取られ、東京に来て半年が過ぎた。
ありがたい事に、私は東京の都立高校に通わせて貰っている。
「真奈、あんた今日もバイト?」
「紗耶香。うん。今日も遅くなるっておばさんに伝えておいて」
紗耶香は佐知子おばさんの子供で、私にとっては同い年の従姉妹にあたる。
学校の授業が終わって帰り支度をしていると、隣のクラスからやって来た紗耶香に声をかけられた。
「あんた、そんなにバイトバイトの毎日じゃ、いつか体壊すよ?」
「大丈夫」
「たまにはさ、バイト休んで私とどっかで遊んで帰ろうよ。ね? せっかくの高校生活、楽しまなくちゃ!」
「ごめんね」
「はぁ、本っっ当にあんたは、馬鹿みたいに真面目だね。ウチのお母さん良く言ってるじゃん。子供なんだから、そんな遠慮しないで甘えて良いって」
「そんなわけにはいかないよ。全然足りないかもしれないけど、こうして高校に通わせて貰ってる費用を少しずつでも返さなきゃ。優しさに甘えてばかりはいられないよ」
「ま、その真面目さがあんたの良い所なんだけどね。でも、真面目なだけにあんたはよく無理するからほっとけない。真面目もほどほどにしときなよ。体壊さない程度にさ」
「うん、ありがとう紗耶香」
私の新しい土地で始まった高校生活は、毎日バイトに明け暮れていた。
平日は学校が終わる4時から夜10時近くまでの時間を、学校が休みの日は、朝から晩までバイトに費やしていた。
そんな生活に、周りはそんなに頑張らなくても良い。もっと甘えても良いんだと言ってくれる。
けれど、周りが優しくしてくれればしてくれる程に、私はムキになって働いた。まるで、わざと自分をイジメるかのように。
***
それからさらに半年の月日が流れて、2012年3月12日―
この日私達は、近付いていた春休みの宿題として進路希望の紙を渡された。
「ねぇ、真奈。あんたは進学どうする?」
学校からの帰り道、紗耶香が進路希望の紙とにらめっこしながらそんな事を聞いてくる。
「私は……」
「あぁ、そう言えばあんた、看護師目指してるんだっけ。て事は進路先は看護学校だよね。聞くまでもないかぁ。はぁ、いいなぁ真奈は、立派な夢があって」
「…………」
「? どしたの? 急に黙り込んで」
「私は……看護学校には行かない。進路希望には、就職って書くつもり」
「えぇ?! どうして? だってあんた、小さい頃から看護師になりたいって楽しそうに話してたじゃん。なのにどうして看護学校行かないの? もしかしてまたお金の事気にしてる?」
「…………」
「真奈っ!」
黙り込む私に、紗耶香が強い口調で私の名前を呼んだ。
「……ごめん紗耶香。私、バイトあるから……」
紗耶香から逃げるように、私は駅に向かって走り出す。
「あっ!コラ!逃げるな~」
――『いいわね、真奈ちゃんには立派な夢があって、浩太にも見習わせたいわ』
先程の紗耶香の言葉が、去年浩太のおばさんに言われた言葉と重なる。
去年、12月に入っても進学先の高校に悩んでいた浩太は、彼だけ特別に三者面談を開いた事があった。
その三者面談の為に学校へ呼ばれたおばさんと、偶然にも廊下で行き会って――
「浩太は夢……見つけられたのかな?」
ふと、そんな事を思う。
あれから、もう一年。時間と共に、あの町の思い出も、浩太への想いも、自然と薄れていくだろう。私はそう思っていた。
けれど、一年経っても私の中の浩太の存在は消えるどころか、どんどん大きくなっていく。
それは会えない日々が続けば続く程に……
「会いたい。会いたいよ……浩太……」
電車を待つ駅のホームで、ついそんな独り言を漏らす。
丁度その時、ホームに入って来た電車の雑音に、その声は掻き消された。
目の前に止まった電車のドアが開き、待っていた人々が、次々に電車へ乗り込んでいく。
その姿を見送る私は、一歩も動く事が出来なかった。
私をホームに残したまま、電車のドアは閉まった。
沢山の人を乗せた電車がゆっくりと動き出していく。
遠くなっていく電車を、ただただ静かに目で追いかける私。
電車が見えなくなった後もずっと。
あの電車に乗って、この線路を辿っていけば、大好きだったあの場所に戻る事が出来ただろう。浩太に会う事だって、叶うかもしれない。
だけど、心の中でどんなに会いたいと願っていても、私の体はそれをしようとしない。
違う。
出来ない。
恐怖に足が震えて、この場所から動く事が出来ない。
会いたい気持ちとは裏腹に、臆病な私は会いに行く一歩を踏み出せないのだ。
――『卒業式終わったら、生徒会室に来てくれないか?』
一年前、浩太と交わしたあの約束。
今年も約束を果たすことはできそうにない。
一年経ってもまだ私は、この場から動くことができないのだから。
「ごめんね浩太……約束守れなくて……ごめんね……」
また、ぽつりと零した独り言と一緒に、今度は涙までもがこぼれ落ちそうになって、私は慌てて空を仰ぎ見た。
「………」
自分はいつからこんなに臆病で、弱虫な人間になってしまったのだろうか?
こんな自分……
「……大っ嫌い」
私は拳を強く握りしめながら、またぽつりと小さく呟いた。




