災害伝言ダイヤルに残された伝言
「真奈ちゃ~ん? 起きた? 夕ご飯を持って来たんだけど、食べられそう?」
「……尚美さん。はい、大丈夫です」
病室に尚美さんが入って来る。
私は慌てて涙を拭いてそう答えた。
「……そう、良かった」
尚美さんは、その涙には気付いていないふりをしてくれるらしく、何も聞かず、ただニッコリ微笑んで夕ご飯の乗ったお盆を私に手渡してくれる。
その後、ベッド脇に置いてあったパイプ椅子に腰掛けると、ニコニコしながら私の食べる姿を見つめていた。
「久しぶりに食べるお粥以外のご飯はどう?おいしい?」
「……はい、とっても」
「そう。真奈ちゃんのお口にあって何よりだ。ウチの病院はね、ご飯が美味しいってここら辺では有名なんだよ。いっぱい食べて、早く元気になってね」
「はい」
「そうだ、真奈ちゃんが起きたら、伝えなきゃと思ってた事があったんだ」
「?」
「はい、これ」
尚美さんから一枚の紙を渡される。
そこには、災害用伝言ダイヤルと大きく書かれていた。
「これ、知ってる? 被災された方々が、お互いに連絡を取り合う為にって設けられたサービスなんだけど」
「何となく、聞いた事はあります」
「そっか。なら詳しい説明はいらないかな。お母さんの事は残念だったけど……もしかしたら、真奈ちゃんのお父さんから何か伝言が入ってるかもしれないよ」
「それはありません。父は私が小さい頃に病気で亡くなってるので」
「えっ? 」
尚美さんは酷く驚いた顔をした後、少し顔を歪めて、言葉を失っていた。
そして、少し間を空けた後で「真奈ちゃんを心配してくれてる親戚の方々が、このサービスを利用して真奈ちゃん達の安否確認をしたがってるかもしれないよ」と言った。
そう言われて私は、お母さんの双子の妹である佐知子おばさんと、おばさんの子であり、私の従姉妹の顔が思い浮かんだ。
「その顔は、思い浮かんだ人がいたんだね。良かった。じゃあそんな人達に、真奈ちゃんの無事を知らせてあげよっか」
「………」
尚美さんの言葉に、私は小さく頷いた。
夕ご飯を食べ終わった後で、尚美さんに支えられながら私は公衆電話の設置された待ち合いスペースに案内される。
先程、尚美さんから手渡された紙に丁寧に書かれた手順通りボタンを押して行き、まずは家の電話番号に何か伝言が残されていないかを確認する。
「どう、真奈ちゃん。伝言あった?」
尚美さんの問い掛けに、私は小さく頷いた。
伝言には10件近い伝言が残されていて、どれも佐知子おばさんが、とても必死な様子で、私達親子の安否を問い掛け続ける内容だった。
おばさんの聞き慣れた声に、私の頬にはまたボロボロと涙がこぼれ落ちた。
優しくしないで。私は、何も辛い目になんて遭ってない。逃げ出して来た私になんて、優しくしてくれなくて良い……
そんな後ろめたさに、私は泣いた。
涙が枯れる程泣いて、落ち着きを取り戻した頃、私は今度は伝言を残すべく受話器を握る。
「私は無事です」と言う事と、今何処にいるのか。それだけを伝言に吹き込んで受話器を置いた。
次の日、朝早くに私の元を人が訪ねて来たと、慌てた様子で尚美さんが病室に駆け込んで来た。
「真奈っ!!」
尚美さんが連れて来たその人は、お母さんの双子の妹、佐知子おばさんだった。
「真奈っ!……良かった……無事で………」
おばさんは、私の姿を見るなり目に沢山の涙を浮かべて、私をギュッと抱きしめてくれた。
「おばさん……苦しい……よ……」
「っ!ごめん。痛かったよな。つい……嬉しくて力が入っちゃったよ……。良かった……無事で本当に良かった」
「ありがとう、おばさん……」
私なんかを心配してくれて、ありがとう。
「美知子の事は、看護師さんから聞いたよ。辛かったな、真奈」
「………」
「ごめんな、辛い時に側にいてやれなくて。何もしてやれなくて、本当にごめん……」
そう言いながら、おばさんは涙声になっているのがわかった。
おばさんも、半身でもあった双子の姉を亡くして辛いのだろう。それでも気丈に振る舞って、私を慰めようとしてるのがわかって、私はいたたまれない気持ちになった。
だって、お母さんを殺したのは、私なのに。
おばさんから、姉を奪ったのは私。
あの日私が風邪なんかひかなければ、お母さんが仕事を抜け出して迎えにくることはなかった。
私を迎えにこなければ、こんな事にはならなかったはずだ。
そう、悪いのは全部私。
私のせい。
そう思ったら、また涙が溢れてきた。
お母さんが亡くなった原因は私にあるのに、どうして……どうして私だけが助かってしまったんだろう。
込み上げる後ろめたさと申し訳なさで、おばさんの腕の中、私はボロボロと泣いていた。
「真奈……」
おばさんは、優しい手付きで何度も何度も私の頭を撫でてくれた。
その温かな優しさが、余計に辛かった。
「真奈、大丈夫。泣かなくても良い。今日から私が、あんたのお母さんになるから」
「……え?」
おばさんからの申し出に、私はびっくりして顔を上げる。
「美知子の代わりになれない事はわかってる。でも、あんたは私の可愛い姪っ子だ。美知子が叶わなかった分も、私が真奈を幸せにする。絶対寂しい想いはさせないから、だから真奈、退院したら家へこないか?」
「……良いの? 私がいたら……迷惑じゃない?」
「迷惑なもんか。美知子の忘れ形見のあんたを、一人路頭に迷わせるわけにはいかないだろ」
「おばさん……でも……私……」
「それとも、やっぱり故郷が恋しいかい? 故郷に戻りたいかい??」
おばさんの問い掛けに私は激しく首を横に振った。
帰りたくない。
いや、帰れない。
一人あの町から逃げ出した私は……帰れない……。
どんな顔して皆に会えば良いか分からない……。
帰りたくても私はもう二度と……あの場所には帰れない。
「そうか。なら迷う事はない。ウチへおいで。東京で一緒に暮らそう、真奈」
優しい口調で誘ってくれるおばさんの言葉に、迷いながらも私は小さく頷いた。
そんな私をおばさんが、今度は優しく抱きしめてくれた。
その優しさがまた……私の胸を締め付ける。
優しくしないで――
それから数日後、私は無事退院して、その足でおばさんの住む東京へと向かった。




