思い出の写真と懺悔の気持ち
尚美さんに支えられながら病室に戻って来た私は、今度は病室のテレビをつけた。
丁度つけたチャンネルでも地震のニュースが流れていた。
「ま、真奈ちゃん。テレビはやめて、お姉さんとゲームでもしようか! そ、そう、トランプゲームでもやらない?」
「……気を使って貰ってすみません」
「え?」
「でも、私は大丈夫です」
そう口にした。
その言葉は、今の素直な私の気持ち。
どんなに映像を見ても、私には何の感情も起こらないのだ。
テレビから流れてくる映像は、私にとってはどこか遠くの出来事でしかないのだから。
「……本当に大丈夫? あの日の恐怖とか……蘇ってこない?」
恐怖もなにも、あの日の事を私は殆ど覚えていない。トラウマになる程の恐怖は、何も味わっていない。
「本当に大丈夫です」
私は穏やかに微笑んでみせた。
「……そう。じゃあ……今はまだ貴方に伝えるのは早いと思ってずっと言い出せない事があったのだけれど……それを伝えても良いかしら?」
その問い掛けに、私は小さく頷いた。
尚美さんが話して聞かせてくれたのは、お母さんの話だった。
お母さんは、私と一緒に瓦礫の中から見つけられたと言う。私に覆いかぶさるようにしてうずくまっていたと。
けれど、見つけられた時、お母さんには既に息はなく、微かに息をしていた私だけがここに運び込まれた。
何となく、予感はしていた。
そのせいなのか、不思議と悲しいという感情は感じなかった。
いや、いくら言葉で事実を聞かされても、実感が湧かないと言った方が正しいのかもしれない。
私にその話を聞かせてくれた後で、尚美さんは一度病室を出て行き、さほど時間を置かずしてまた病室に戻って来た。
その手には、病室を出て行く時には持っていなかったある物が抱えられている。
それは――
「私の鞄?」
学校に行く時に必ず肩にかけていた、ショルダーバッグ。
「これね、貴方がここに運び込まれた時、自衛隊の人に一緒に渡されたの。真奈ちゃんを発見した時、貴方が大事そうに抱えていたものだって」
「…………」
「早く返さなくちゃと思っていたんだけれど、返す機会が分からなくて……」
久しぶりに手元に戻ってきた私の鞄には、白く泥の跡がついていた。
私はそれを受け取ると、鞄の中身を覗く。
鞄の中は、外見と打って変わって泥まみれでぐちゃぐちゃだった。
「ゴメンね。外についていた泥は拭き取ったんだけど、勝手に中を開けるのはよくないかと思って、中までは確認しなかったの」
その言葉に、きっと外見も最初はもっと泥だらけだったのであろう事を悟った。
精一杯汚れを拭き取って、やっとここまで綺麗にしてくれたのだろう事を。
「これは、真奈ちゃんの手元に唯一残ったものだったから、綺麗にして返してあげなきゃと思ったのに……中身がこれじゃあ意味なかったね。……ゴメンね」
申し訳なさそうに尚美さんは謝罪の言葉を口にした。
私は慌ててふるふると首を横に振る。
尚美さんのその気持ちだけで十分だ。
私は、泥だらけの鞄の中に手を入れて、中身を取り出した。
中には、筆箱やノート。さほど大したものは入ってなかったけれど、これが唯一私に残されたもの。
それらを私は大事に胸に抱いた。
その中から"ぽとり"と一つ、ノートとは少しサイズの違う、ちいさなものが手からこぼれ落ちた。
それは………
「手帳?」
尚美さんがこぼれ落ちたそれを拾いあげながら、その名前を口にした。
尚美さんから渡された手帳。
その中身を開き見た。
瞬間――
「…………」
「真奈ちゃん? どうしたの? 急に泣き出して……」
それまで忘れていたあらゆる感情が一気に私の中に溢れ出した。
「浩太……」
手帳の中には、私と浩太、それから浩太の友達の沢田君、三人が写っている写真がおさめられていた。
この写真は、私達三人が生徒会に就任した記念に撮ったもの。
浩太への気持ちに気付いてしまってからの、私の宝物。
泥にまみれて汚れてしまっていたけれど、あの頃と変わらない三人の笑顔がそこにはあった。
どうして……どうして平気でいられたのだろう?
浩太は? 浩太は今、無事でいるの?
もし無事でいたとして、浩太は今もテレビの向こう側で地震の恐怖と戦っているの? 辛い避難生活を送っているの??
私はその写真を胸に抱いて、暫くの間泣き続けた。
泣きじゃくる私の隣で、尚美さんが優しく背中をさすってくれる。その優しさが、余計に辛い。
どうして……どうして私だけが……こんな安全な場所でのうのうと生きているのだろう?
浩太や、皆に申し訳ない気持ちが涙となって後から後から溢れ出した。
その後、私は泣き疲れて眠ってしまった。
夢を見た。最後に浩太と別れた時の夢。
地震が起こったあの日の夢――
『真奈っ!』
昇降口で靴を履こうとしゃがみ込んでいた私を呼ぶ大きな声。
「……浩太?」
「良かった、間に合った」
「……どうしたの?そんなに慌てて」
「お前に……話が……あって……」
「?」
私はキョトンとした顔で浩太を見ている。
「真奈、お母さん先に行ってるから」
「うん、分かった。ありがとう、お母さん」
風邪を引いた私を迎えに来てくれていたお母さんが、気を利かせてくれたのか、私を置いて一人先に外へと出て行った。
その姿を、浩太が深々と頭を下げて見送っている。
「で?どうしたの浩太?話って何?」
「お前に渡したいものがあって……」
「渡したいもの?」
「あぁ、バレンタインのお返し。今は急いで来たから持ってないんだけど……明日、卒業式が終わった後、生徒会室に来てくれないか?」
「そんな気を使わなくても良いのに」
「気を使ってとかじゃない。ただ、腐れ縁を切るって昨日のあれは撤回して欲しくて。俺、今までみたいなお前との関係嫌いじゃなかった。いや、結構……好きだったかも。そんなお前との縁を切るなんて俺は嫌だ」
「……」
「だから、お前と仲直りしたい。その証に……」
「……仲直り」
「そう、仲直り」
「ずるいな~浩太は」
「ダメか?」
「やっぱりずるい。やっとの思いで気持ちに整理つけて、その気持ちに昨日でやっとバイバイ出来たと思ったのに、その決意をいとも簡単に打ち砕いてくれるんだから」
「?」
「分かった、約束」
そう言って私は、右手の小指を浩太に向かって差出した。
「お、おう!約束だ!」
その小指に浩太が小指を絡めて、二人で指切りを交わした。
「約束」――
◇◇◇
目覚めた私の頬に、一滴の涙がこぼれ落ちる。
これは、地震に合うほんの数時間前の記憶。
バレンタインに告白して、一度はフラレた浩太から、仲直りがしたいと、3月12日の卒業式後に生徒会室で会う約束を交わした時の――
「ごめんね、浩太……私……約束守れなかった……」
浩太が私との仲直りの証にって用意してくれていたものは、なんだったんだろう?
浩太への想いを吹っ切る為に気持ちを伝えたはずだったのに
「やっぱりずるいよ浩太は……。浩太が期待させるような事言うから……」
涙が止まらない。
もう二度と浩太に会えないかもしれないこの状況で、浩太は私に、浩太への気持ちを忘れる事を許してはくれないんだね。
浩太への叶わないこの想いは、叶わないと分かっていても消す事を許してもらえないこの想いは、約束を果たせなかった事と、約束をすっぽかして、私だけが安全な場所に逃げて来た事へと課せられた罰なのだろうか?
私はふと、そんな事を思った。
3話まで読んで頂き誠にありがとうございます。
今回の浩太との約束の展開は、浩太Sideの方が丁寧に書かれています。
浩太への告白シーンやフラれたシーンも、浩太Sideの方で描かれています。
気になる方は浩太Sideも合わせてご覧になってみて下さい。




