夢から覚めて、初めて目にするニュース
「……ん」
次に目覚めた時、視界いっぱいに真っ白な天井が映っていた。
「…………」
「あ、気が付いたのね。ちょっと待ってて!今、先生を呼んで来るから!!」
「………」
ナース姿の若い女の人から慌てた様子でそう声をかけられる。
「先生! 先生、患者さんが目を覚ましました!」
更に続いた言葉に、私はぼんやりする頭でここが病院である事を理解した。
辺りを見渡してみれば、私の腕には点滴が繋がれている事にも気が付く。
私はその点滴に繋がれた腕を上げようと力を入れる。
けれど、どうしてか体が言う事を聞いてくれなくて、うまく力が入らなかった。
「?」
そんな事をしていると、周囲を囲っていたカーテンが開かれ、白衣に身を包んだ中年の男の人が入って来た。
「君、気分はどうだい?」
そう問われて、私は一言、「怠い」と答えた。
つもりだった。けれど
「………」
自分が口にしたはずの言葉が、何故か声となって私の耳には聞こえてはこなかった。
「君はどうやってここに運ばれて来たか覚えているかい?」
不思議に思いながらも次に問われた質問に、私は首を横に振った……つもりだった。
やはり体に力が入らなくて、それはとても小さな動きにしかならなかった。
「そうか。やはり覚えてないか。君は瓦礫の中から見つけられたんだよ。あの地震の日の事は覚えているかい?」
……地震?
そう言えば、学校から病院へと向かう車の中、流れていたラジオでそんな話を聞いた気がする。
その後に流れて来た津波警報に、お母さんが慌てて車をUターンさせて……それから?
そうだ。後ろから急に追突されたような大きな衝撃を感じて……そこから先の記憶は思い出せない。
「君は、津波に飲み込まれた瓦礫の中から、奇跡的に見つけられたんだ。だが、見つけられた時には意識不明の重体で、設備の整った県外のこの病院へ、ヘリコプターを使って緊急搬送されて来たんだよ」
「……」
お医者さんが聞かせてくれる話を、私はぼんやりと聞いていた。
悲しいとも辛いとも、何の感情も湧かなくて、ただぼんやりと聞いていた。
その話は、まるで自分ではない、他人の話を聞かされているように感じられて、私は何だか不思議な気持ちだった。
「無事目を覚まして良かった。怖い思いをしたね。でももう大丈夫だ。君は助かった。しっかり栄養をとって、リハビリすれば、また元の生活に戻れるさ」
「………」
「そう言えば、名前をまだ聞いていなかったね。君の名前は、何て言うんだい?」
『桜井真奈』
お医者さんの質問に、またまた私は答えたつもりだったのだけれど――
「そうか……まだ声が出せないか……」
『え?』
答えたつもりだったその言葉は、音になって相手に伝わってはいなかった事を知る。
『桜井真奈』
もう一度自分の名前を口にしてみたけれど
「良いんだ。無理しなくて、良いんだ。三日も瓦礫の下敷きになっていて、10日近く意識が戻らなかったんだからね。声が出せない程体力が衰えていても不思議じゃない。もう少しここで安静にしていれば、きっとまた元気になる。今は無理をしなくて良いんだよ」
先生はニッコリと微笑みながら、私の頭をワシャワシャと、優しく撫でてくれた。
その目には涙が光って見えた。そんな気がした。
私の事を可哀想だと哀れんでくれているのだろうか?
けれど、やっぱり今のこの状況は、どこか他人事のように感じている私がいた。
◇◇◇
――それから3日が過ぎた。
最初は体を動かす事もままならないほど衰えていた体力も、時間と共に少しずつ戻って来たらしく、今は何とか話す事が出来るまでに回復していた。
話す以外にも、体を動かす事も何とか出来そうで、私はベッド脇の手摺に掴まりながら体を起こして、ゆっくりと立ち上がった。
ゆっくりであれば歩く事も可能なようだ。
ずっとベッドから動けず退屈していた私は、リハビリがてら病院の中を少し歩いてみる事にした。
病室を出るなり、廊下の壁に設置された手摺りに掴まる。
やはり、歩く事は出来ても、まだ少し足元が覚束ない様子だったから。
その手摺りを辿って、廊下をぐるりと一周歩いて回る事にしよう。
「…はぁ……はぁ……はぁ……」
半分を過ぎたところで、息が上がってきた。
歩けるまで体力は回復したと言っても、やはりまだ完全ではないらしい。
仕方なく私は、休憩スペースとして開放されていたソファーのある場所で少し休憩する事にした。
その場所にはテレビがあって、数人の患者さんや見舞いに訪れたであろう人々が、食い入るようにテレビを見つめていた。
何をそんなに真剣になって見ているのだろう?
私もその真剣な眼差しにつられてテレビに視線を向ける。
――と、テレビ画面には信じられないような光景が映し出されていた。
それはまるで、教科書でしか見た事がないような、戦後の焼け野原のよう……
その余りにも衝撃的な映像に、しばらく私はテレビから目を離す事が出来なかった。
どのくらいの時間をそうしていたのだろうか。
テレビでは繰り返し繰り返し同じ映像ばかり流されている。
津波で壊滅した町の様子。
避難生活を送る人々の様子。
地震が発生した当時の様子。
専門家による福島原発の説明。
それらは全て、つい数日前まで私が住んでいた東北の映像だと言う。
でも、私が知ってる東北の姿とは似ても似つかない。
これは本当に、現実に起こっている事なの?
私は、夢でも見ているのかな??
流れ続ける映像は私にとっては到底信じられない、どこか遠い世界の出来事のように感じてならなかった。
「真奈ちゃんっ………」
不意に名前を呼ばれて振り返る。そこには、毎日私の世話をやいてくれていた看護師の尚美さんが立っていた。
尚美さんはバツの悪そうな顔で私とテレビを交互に見比べている。
「真奈ちゃん、お部屋に戻りましょうか」
慌てた様子で私とテレビの間に立ち、そう促す尚美さん。その態度で、どうやら私にテレビを見せたくないらしい事を察する。きっと、私に気を遣っているのだろう事を。
私は素直に尚美さんの言葉に従って部屋へ戻る事にした。




