取り戻した本来の姿
沢田君へ留守電を残した後、私は再び会社のある駅まで戻ってきていた。
駅の近くのコンビニで、大量のお弁当やパン、おにぎり、お菓子、飲み物を買い込んで、私は会社への道を急ぐ。
今私がしなければならない事、それは自分のミスから逃げない事。そう思ったから。
恐る恐る、工場を覗いてみると、社長や橘さん、他にも数人の職人さん達が黙々と機械と向き合って作業をしていた。
私は一度深呼吸すると、大きな声で仕事を続ける皆さんに声をかける。
「失礼します。皆さん、お疲れ様です。お腹すいてませんか? コンビニで色々差し入れ買ってきました」
「え? 真奈ちゃん?今日はもう帰ったんじゃなかったの? どうしてこんな時間に会社に?」
「それは……社長ゴメンなさい。こうなったのは全て私の責任なんです。私の伝達ミスが原因なんです。それなのに、私だけ何もしないで逃げ出すなんて事、したくなくて……戻ってきました」
「真奈ちゃん……」
「本当に、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。私に出来る事があったら何でも手伝います。雑用でもなんでもします。だから、私にも皆さんのお手伝いをさせてください。お願いします!」
私は深く深く頭を下げながらお願いする。
すると、コツコツと私の元へ近付いてくる足音があったかと思うと、その足音は私の前に来て止まった。
「……真奈……」
頭上で聞こえたのは橘さんの声。
「お前、沢田と一緒に行かなかったのか?」
「はい、行きませんでした」
「どうして? 後で後悔しても……」
「しません。逆にここで逃げたら、きっとそっちの方が後悔します」
「……」
「自分のミスをごまかして、逃げ出すような弱虫なままじゃ、私は皆に会いに行けない。行く資格がない。そう思ったから、私は残りました。今はまだ……行けない。けどいつか必ず、会いに行きます。強くなって、必ず。その為に私は、戻って来ました」
そう言って頭を上げると、私は真っすぐに橘さんの目を見つめた。
「……そっか……」
どこか戸惑ったような橘さんの顔が映る。
「本当の君は、そう言う子だったんだね。どこか頼りなくて、危なっかしくて、ついつい守ってあげたくなる、君はそんな子だと思ってたんだけど、俺は君の事を誤解してたみたいだ」
そう言って橘さんは、くしゃっと笑いシワを浮かべた。
その後で、いつものように優しく私の頭を撫でてくれた。
「一緒に頑張ろう」
「はいっ!」
私は橘さんの言葉に、大きな声で返事をした。
「その元気がいつまでもつかな?悪いけど、今日は徹夜だぞ、ねぇ、社長」
「そうだな。徹夜になりそうだ。覚悟してくれよ、真奈ちゃん」
「はい、大丈夫です!私、頑張ります!!」
悪戯な笑顔を向けてそんな挑戦的な言葉を口にする橘さんと社長、その笑顔に私も満面の笑顔で返す。
強くなりたい。
そう決意した瞬間から、霧がかかったようにぼやけて、なかなか見えて来なかった目の前の道が、少し……ほんの少しだけど見えて来た。
そんな気がして、私の顔から自然と笑顔が零れた。
***
真奈が会社で職人さんたちの手伝いをしていたのと同じ頃――
懐かしい故郷へ帰りついた祐樹はと言えば、ある賑やかな居酒屋で、懐かしい友との再会を果たしていた。
「よぉ、祐樹! お前、ひっさしぶりだな~」
居酒屋へ足を踏み入れた祐樹に、真っ先に声を掛けてきたのは、祐樹の親友であり、真奈の想い人である佐々木浩太。
飲み過ぎて、少し酔いを冷ましていたのだろうか、同級生の輪から少し離れた椅子に座って、壁に寄りかかっている。
顔はゆでだこのように真っ赤に染まっていて、すでにできあがった彼の姿に、少し面倒臭そうに祐樹は言った。
「久しぶりって、夏も会っただろ、浩太。お前にせがまれては、しょっちゅう帰って来てんだからさ」
「夏って、もう5ヶ月も前の話だろ。十分久しぶりじゃないか。 つ~か、お前おっせぇよ」
「仕方ないだろ。こっちは大学の授業終わりに東京から来てんだから。そんな事より、大分盛り上がってんな、あっちは」
「そりゃ~久しぶりに中学時代の面子が集まったら、昔話に花が咲くってもんだろ。それに酒も入ってるしなぁ」
「浩太は飲み過ぎて休憩中?」
「いや、休憩は終わり。祐樹も来たことだし、そろそろ皆の所に戻るか。ほら、祐樹も一緒に行くぞー」
「お、おう」
立ち上がった浩太は、想像以上にへべれけで、足取りが覚束ない。
仕方なく浩太に肩を貸してやる祐樹。
「そう言えばお前、何かスゲーお土産持って帰ってくるとか言ってなかったっけ? 俺、すっげー期待してたんだけど」
祐樹に肩を借りながら、浩太が期待と好奇心のこもった顔を向ける。
「ん? あぁ、ゴメン。持って来れなかったんだ。ゴメンな……」
少し元気のない祐樹。
浩太は何か察したのか、「ふーん」と興味なさげな返事をしながら、祐樹を励ますような言葉をかけた。
「何だよ、お前がどんな土産を用意しようとしてたか知んないけど、土産の一つや二つなくったって、別に責めやしないぞ。な~にそんなしょげた顔してんだよ」
その後で、“バシバシ”と祐樹の背中を叩く浩太。
「いや、何でもない」
「? そうか?」
「あぁ」
それでもまだ元気のない祐樹の様子に、浩太はポリポリと頬をかいた。
「おっ!沢田!いつの間に来てたんだよ。来たんなら声くらいかけろよな」
「あ~、祐樹君だ~! 久しぶり~! 元気にしてた?」
そんな時、祐樹の存在に気付いた旧友達十数名が、わらわらと祐樹の元へ集まってきた。
「お前、LINEの返信くらいしろよな。来るの遅ぇから、散々LINEしたのに既読すらつかねーし。電話だって鳴らしたぞ」
「あぁ悪い。鞄の中に入れっぱなしで全然気付かなかったよ」
「ったく。携帯する意味ねぇじゃねぇか」
「悪い、悪い」
祐樹は苦笑いを浮かべながら鞄からスマホを取り出す。
数時間ぶりに開いたスマホには、確かにしつこいくらいのLINEメッセージと不在着信が表示されていた。
「安藤、お前、これは流石にしつこ過ぎるだろ」
「ゴメンね~祐樹君。こいつ、だいぶ酔っててさ~」
「何だと~俺は酔ってない!」
「酔っ払いは皆そう言うの」
「俺は酔ってない!!」
旧友達のそんな会話をよそに、一件留守番電話が入っている事に気付いた祐樹。
「あれ? 留守電入ってる」
留守番電話の表記を見て、彼は慌てて店の外へと出て行こうとする。
「ん?どうした祐樹?」
「ゴメン! ちょっと、電話かけ直してくる」
それだけ言い残して、いそいそと外に出て行く祐樹。
その姿に、旧友達は互いに顔を見合わせる。
「何だ?もしかして、女?」
「何?! 俺は聞いてねぇぞ? あいつに彼女が出来たなんて話は。俺はあいつの一番の親友だと思ってたのに祐樹の奴、この俺に隠し事とはいい度胸してるじゃないか!」
「よし浩太!ここはこっそり後をつけて」
「そうだな安藤!」
「ちょっと佐々木君、安藤君、やめときなって。悪趣味だよ」
「とか言って、横山だって興味ありげな顔してるぞ」
「そ、そんな事は……あるかもね」
悪戯を思いついた子供のように、嫌らしい笑いを浮かべながら、互いに頷きあう旧友達。
彼ら、彼女らもまた、こそこそと祐樹の後を追って店の外へと向かった。




