強くなりたい
「……真奈?」
私の異変に気付いたらしい橘さんが、私の顔を覗き込んでくる。
「あぁ、真奈ちゃんゴメンね。怯えさせるような大声出して。真奈ちゃんは何も心配する事はないから、今日はもう帰って大丈夫だよ。引き止めてしまって悪かったね」
社長が、申し訳なさそうな顔で優しい言葉をかけてくれる。
「……でもっ……」
こんな事態になったのは私の責任なのに、他の人に迷惑をかけておいて自分だけ帰るなんて事、できるわけが……
「そうだよ。真奈は今日はもう帰りな。約束があるんだろ?」
「でも……」
「良いから」
橘さんに強引に背中を押されて、私は会社の外へと連れていかれた。
「真奈は何も気にしなくて良い。後は俺達に任せて今日はもう帰りな」
いつもと違う、橘さんの怒りを含んだ口調に、私は橘さんの顔を見る事が出来ない。
「……なさい……私のせいで……ごめんなさい……。やっぱり私、このまま帰るなんて……」
「良いから、帰るんだ! 今の真奈にいられたら、かえって迷惑だって分からない?」
「っ!」
橘さんは気付いてる。こうなった原因が私にあると。だからこれ以上迷惑をかけられたくないって、こんなに怒ってるんだ。
あぁ、私……何してるんだろう?
「ゴメン……きつい言い方して……」
謝る橘さんに、私はフルフルと頭を横に振る。
今にもこぼれ落ちそうな涙を必死に堪えて下を向く。
これ以上、橘さんに情けない姿は見せられない。
そう思って、私は橘さんに向かって一度深くお辞儀をしてみせた後、逃げるように背を向けて走り出した。
泣きながら雑踏の中を駆け抜ける。
そんな私の姿を、何人もの人が振り返る。
恥ずかしい。情けない。
こんな自分、大っっ嫌い……
大嫌いっ!
大嫌いっっ!!
ダメだよ。いつまでこのままじゃ……
――『今の桜井は周りの優しさに甘えて、ただ逃げてるだけだ』
沢田君の言う通りだ。
私は皆の優しさに甘えたまま、ずっと色々な事から逃げ続けて来た。
いつまで逃げ続けるつもり?
ダメだよ、こんな弱虫のままじゃ。
絶対ダメだ。
もっと……もっと強くならなきゃ。
私の事を信じて待ってくれてる皆の為にも、もっともっと強くならなきゃ!
私は頬をつたう涙を拭って、空を見上げた。
『強くならなきゃ!』
その決意を胸に、私はまっすぐ前を見据えて歩き出す。ある場所を目指して。
***
東京駅――
新幹線の改札口で、先程からチラチラと時計を気にしては、キョロキョロと辺りを見回す祐樹の姿が。
「やっぱり来ない……か……」
寂しそうにそう呟いた後、もう一度だけ辺りを見渡して、祐樹は新幹線の改札を潜る。
青森行きの新幹線が停車しているホームを目指して歩みを進めた。
「18時56分発、新青森行き。まもなく発車いたします」
ホームに響くアナウンスに、祐樹は歩みを早めて、新幹線に飛び乗った。
祐樹を乗せた新幹線のドアが閉まる。
「……」
扉が閉まって間もなく、新幹線はゆっくりと動き出す。
動き出してからも暫くは、扉の前から動く事の出来ない祐樹。
扉にはめ込まれた小さなガラス窓から、じっと外を眺め続けていた。
駅が見えなくなった頃、扉に力無くもたれかかると、“コツン”。ガラスに頭を軽くたたき付ける。
「ゴメン。ゴメンな浩太……。俺じゃ桜井の気持ち、動かす事できなかった……」
そう小さく、本当に小さな声で呟いた。
***
あの後――
橘さんから帰るよう促された後、会社近くの駅から、東京駅行きの電車に飛び乗った私。
電車が東京駅へ着くや、電車から駆け降りて、新幹線の改札へと急いだ。
腕時計にチラリと視線を落とすと、沢田君が言ってた出発時間まで3分もない事に気付いて更に焦りが増す。
お願いっ!間に合って――
新幹線の改札前に来るなり沢田君の姿を探す。
だけど、出発ギリギリのこの時間に彼の姿があるはずもなく、私は急いで切符を買って、改札を抜ける。
息を切らせながら必死で沢田君が言ってた新幹線のホームを探す。
「18時56分発、新青森行き。まもなく発車いたします」
遠くから聞こえてきたアナウンスに、私はやっとホームを見つけて、駆け出した。
「待って!」
思わず大きな声が出る。
待って、沢田君……
沢田君に伝えたい事があるの。
伝えなきゃいけない事があるの。
心の中で叫びながら、必死で階段を駆け上がった。
「っ……待って!!」
だけど、必死の頑張りも虚しく、目の前を勢いよく走り去っていく新幹線。
その姿を、荒い呼吸を吐きながら見つめる事しか出来なかった私。
「待って……待って沢田君…………」
私はそんな独り言を呟きながら持っていた鞄を慌てて漁る。
鞄からスマホを取り出すと、何の躊躇いもなく沢田君の番号へと電話をかけた。
けれど、いくら待ってみても電話の向こう側から沢田君の声が聞こえてくる事はなくて、代わりに聞こえて来たのは冷たい機械のアナウンス。
「沢田君? 私です。桜井真奈です。行けなくてゴメンなさい。約束守れなくてゴメンなさい。今のままじゃ……弱虫な私のままじゃ、皆には会えない……。だから今はまだ……行けない。でもね、私、皆に会いたい。私の大好きなあの町に帰りたいよ。だから、いつか必ず帰るから、皆の元に帰るから。私、強くなるから。お願い、もう一度だけ私の事、信じて待ってて……」
お願い……
そう留守番電話に今の私の精一杯の言葉を吹き込む。
本当は、直接会って伝えたかった。
直接顔を見て伝えたかった。
電話越しの言葉で、沢田君にどれだけ私の本気が伝わったのだろうか?
分からない。
不安が残る。
けど、たとえ電話越しで、全ては伝えきれていなかったとしても、この言葉が嘘にならないように、言っただけで終わらないように、今私の目の前にあるすべき事、しなければならない事に全力で挑まなければ。
強くなる。
そう決めたのだから。
私はスマホを強く握り締めながら、目の前に続く長い長い線路の先をどこまでも遠く、見つめ続けた。




