電話越しの再会
「真奈、お前のスマホ鳴ってない?」
「え?」
10時を過ぎた頃、工場の隅に置いていた鞄から、着信を知らせるメロディーが流れてくる事に気付いて、慌ててスマホを取りにいく。
ディスプレイに表示された名前を見て、私は鼓動が早くなるのを感じた。
「………すみません。ちょっと、電話出てきて良いですか?」
「ん? あぁ、行っておいで」
私の反応から何かを察したのか、橘さんは優しい笑顔を向けながらそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
私は橘さんに軽く頭を下げると、賑やかな機械音が響く工場から、静かな事務所へ向かって駆け出した。
「もしもし……」
『あ、俺、祐樹だけど』
「………沢田君」
『ゴメンな、こんな時間に。もしかして、寝てた?』
「ううん、大丈夫だよ」
『……そっか。なら良かった。俺、今桜井からの留守電聞いたんだけど、それ聞いたら、居ても立っても居られなくなって』
「折り返してくれてありがとう。本当はね、直接会って伝えたくて、東京駅まで行ったんだけど……」
『えぇっ?』
「間に合わなくて、それで留守電に入れたの」
『桜井、来てくれたんだ。そっか……来てくれてたんだ』
「あの留守番電話の言葉がね、今の私の精一杯の気持ちなの。ゴメンね、今は行けなくて……。だけど、いつか必ず……」
『待ってる。俺達は、待ってるよ。桜井の事、信じて待ってる』
「沢田君……私の事、もう一度信じてくれるの?」
『信じるよ。大丈夫。君ならきっと大丈夫。根っこの所は何も変わってない』
「……え?」
『馬鹿みたいに真面目な所。真面目だからこそ自分に厳しい所。そんな君だからこそ、俺達は信じて待ってる』
優しい沢田君の声。
その声に混ざって、遠くからざわざわと数人の騒がしい声が聞こえて来た。
『おい沢田。こんな時間に彼女に電話か~?』
『お前ら?! どうして……』
『祐樹の怪しい行動が気になって。お前、彼女出来たならちゃんと俺達に報告しろよなぁ』
「? 沢田君? どうしたの?」
『ゴメン。うるさい奴らが来たから、電話切るな』
「え?」
『ちょ~っと待った! そうはさせるか! その電話、俺達にも代われ!』
『何言って……』
『お前の彼女に、俺達も挨拶しないとな』
『彼女じゃないから。 挨拶もしなくて良いから。酔っぱらいどもはあっちで大人しくしてろ ……って、あぁ~、コラ、 返せ、俺のスマホ返せー!』
沢田君の焦ったような怒鳴り声が、電話越しに遠くに聞こえた。
かと思うと――
『どうも~祐樹の中学時代の友人で、安藤って言います~、宜しく!』
「っ……」
電話口から聞こえて来た懐かしい名前に、私は思わず息が止まる。
『もしも~し。あれ?』
『安藤! お前、いい加減にっ』
『なんか、無言になっちゃったんだけど』
『そりゃ知らない奴が急に電話に出たら誰だって驚くだろ!』
『そうか?』
『そうだよ!ったくお前等は……良いから早く電話返っ………いやちょっと待て』
不意に電話の向こう側が静かになる。
「……沢田君?」
不安になって沢田君の名前を呼ぶ。
けれど、返ってくる言葉はない。
「???」
どうしたら良いのかあたふたしていると、急に“プツン”と電話が切れた。
「……え?」
私はわけが分からず暫く呆然と立ち尽くした。
「真奈? まだか~?」
工場から橘さんが私を呼ぶ声が聞こえてはっとする。
「あ、はい。今行き……」
橘さんの催促に、そう返事をしようとした時、また私のスマホが着信のメロディーを奏で始める。
「すみません。もう少しだけ。終わったらすぐ行きます!」
改めて工場に向かってそう叫んだ後で、慌てて電話に出た。
「もしもし」
『あ、ゴメン。さっきは突然切って』
「ううん、大丈夫。それより、安藤って……あの出席番号一番だった安藤君? もしかして今って、皆そこにいるの?」
『うん、いるよ』
沢田君から帰って来た言葉に、心臓がドクンと大きく跳ねる。
「あのさ、今から皆と電話代わっても良いかな?」
「えっ?! そんな、私……まだ心の準備が……」
沢田君からの思いもしなかった言葉に戸惑う私。
『大丈夫。電話の相手が誰か、あいつらは知らない。君は何も話さなくて良いから。ただ、皆の声を聞いててくれるだけで良いから……。それでも嫌か?』
「…………」
『……』
もしここで断ったら、今までの自分と何も変わらない。
この先ずっと、弱虫なまま、何も変えられない。
そんな気がして、私は覚悟を決める。
「分かった……」
『ありがとう』
その言葉を最後に、沢田君の気配が電話口から消えた。
怖い……
怖い…………
皆の声を聞くのが、怖くて仕方ない。
不安と恐怖に心臓が早鐘を打って、今にも逃げ出したい気持ちで泣きそうになった。
そんな私に
『大丈夫だよ』
電話の向こうから聞こえてきたのはそんな優しい声。
『大丈夫』
『大丈夫、大丈夫!』
懐かしい旧友達が、代わる代わる紡いでいく『大丈夫』の短い言葉。
でも、この短い言葉が私の中で力強い言葉として心に響く。
そして聞こえてくる声に、一人一人の中学時代の顔が自然と頭に思い描かれて、気付くと私の頬に一雫の涙が流れ落ちていた。
皆、5年前と変わってない。優しく、温かくて……
私は、そんな皆が大好きだった。
皆と過ごしたあの町が、大好き。
会いたい。
また皆に会いたいよ。
会いたい……
頑なに隠してきた私の本音が、素直に溢れ出す。
会いたい……
『もしもし』
その気持ちにとどめをさすかのように、私の耳に聞こえてきた懐かしい人の声。
『詳しい事情は何も分かんないけどさ、強くなりたいって苦しんでるって、祐樹に聞いた』
……浩太?
『そんな君に、俺のモットーを教えてあげる』
「……」
『今を全力で楽しめ!』
「……」
『色々と難しく考えないでさ、自分の素直な気持ちに従えばいいんだよ。今っていう時は一瞬しかないんだ。その一瞬一瞬を後悔のないように、全力で向き合うんだ。そしたらさ、自ずと結果はついてくるんじゃないかな。大丈夫。怖い事なんて何もない。大丈夫、大丈夫!』
「…………」
久しぶりに聞いた浩太の声は、私が知っているものよりも少し低くて、それは大人の男の人のものだった。
けれど、浩太のモットーだと教えてくれた言葉は、あの頃の浩太の姿と重なる。
変わってない。
浩太もまた、何も変わってない。
あの地震で浩太だってきっと、辛い思いを沢山しただろうに、浩太は何も変わってない。
昔の、まっすぐな浩太のまま。
あぁ、やっぱり私、浩太のことが好きだ。
能天気で、自信家で、眩しいくらいまっすぐな浩太の事が……今もまだ、あの頃と変わらないくらい大好きなんだ。




