佑樹からの誘い
次の日――
「じゃあ、行って来ます」
お昼ご飯の買い出しを頼まれて外へ出掛ける事になった私は、会社を出た所で声をかけられた。
「久しぶり、桜井」
聞き覚えのある声に、慌てて視線を向けると
「……沢田君、どうして……?」
突然の沢田君の登場に私は焦った。
昨日まで沢田君の姿を、無意識に探していたはずなのに、いざその人物を目の前にすると……
「頼む、逃げないでくれ」
「……」
逃げ出そうとした私。
その手を、沢田君にきつく掴まれた。
「……」
「今日は桜井に、大事な話があって……」
「……大事な……話?」
せっかく会いに来てくれたのに、また逃げだそうとしてしまった自分に嫌悪感を覚える。
それを何とかごまかそうと、私は一生懸命平常心を保ちながら、笑顔を作ってみせた。
つもりだったけど……
「そんな怖い顔しないでよ」
「え?」
どうやら上手く笑えていなかったらしい。
「ごめんな。桜井にそんな顔させてるの、俺のせいだよな」
「……」
「ごめん……本当にごめん……」
「……」
「でも、これで最後にするから。桜井に付き纏うの、本当にこれで最後にするから……」
「え?」
何を言って……
そう聞き返そうとした時
「明日俺、宮城に帰るつもり。俺達って明後日、成人式だろ? だからさ」
「…………」
「桜井も、一緒に帰らないか? 俺と一緒に。あいつらに、桜井の元気な姿、見せてやってくれないか?」
「えっ……」
予想もしていなかった沢田君の誘いに、私の頭が真っ白になる。
「今すぐ答えを出してとは言わない。明日、東京駅で俺、桜井の事待ってるよ」
「……」
「タイムリミットは明日の18:56。あいつらに会いたいって少しでも思ってくれるなら、明日俺と一緒に帰ろう」
「……」
「逆に、もし来てくれなかったその時はもう、桜井に付き纏う事はやめる。そう、約束する」
「………」
「だから、今日一日かけて、考えてみてくれないかな? それだけ伝えたかった」
真っ直ぐに私に注がれる彼の視線。
その視線に、私はどう応えて良いのか分からなくて、怯えた視線を返した。
その時――
「お前っ!また真奈に付き纏って」
事務所から橘さんが物凄い剣幕で飛び出して来る。
「橘さんっ……」
橘さんの剣幕に、私の肩がビクンと震える。
私の腕を掴んでいた沢田君の手も離れる。
「真奈、みんなお腹空かせて弁当待ってるからさ、ここは良いから頼まれてたお使い、済まして来てくれないか?」
沢田君に向けたものとは違う、いつもの優しい口調で、橘さんは私にそう言った。
「…………」
その言葉を合図に、私は無言のままその場から駆け出した。
また、沢田君から逃げるように。
――『一緒に帰らないか?』
――『待ってるから』
沢田君の言葉がいつまでもいつまでも私の耳にこだまする。
***
「お前は、また真奈にあんな顔させて!」
「………」
真奈が去った後、橘が祐樹に掴みかかる。
「お前は真奈の何なんだ?!」
「前にも言いましたよ、同級生だって」
「単なる同級生が、どうして真奈にこだわる? あの子は何で同級生に会っただけであんなに動揺するんだ? お前と真奈の間に、いったい何があるって言うんだよ?」
「悪いけど、本人が話してない事を、俺から話す事は出来ません」
「頼む、教えてくれ。事情を何も知らない今の俺じゃ、あの子に何もしてやれない。悔しいんだよ、見てる事しか出来ない自分が。頼む……教えてくれよ……」
「そんな事、他人から聞いても何の意味もありませんよ。本人から直接聞かなきゃ」
「………」
「もし桜井が貴方に何も話さないのだとしたら、桜井にとってあんたはその程度の人間だって事じゃないんですか?」
「こいつっ!」
祐樹の言葉にカッとなって、橘は拳を振り上げる。
そんな橘を祐樹は真っ直ぐな視線で見つめていた。
「くそっ!」
祐樹の顔のすぐ横を通り過ぎて、橘の拳は空を彷徨った。
「………」
「…………」
長い沈黙。
「俺だって悔しいです。貴方だけじゃない」
「え?」
その沈黙を破ったのは、祐樹の弱気な言葉。
祐樹の手にも、橘同様、きつく拳が握られている。
祐樹もまた、橘と同じように、何も出来ない自分自身に苛立ちを覚えていたのだ。
「すみません。俺、午後の授業があるので」
「あ、あぁ。悪かった……」
「いえ。桜井の事、心配してくれてありがとうございます。友達として、お礼を言わせて下さい」
「っ……」
祐樹の言葉に、一瞬面食らう橘。
そんな橘をよそに、橘に向かって軽く一礼をして、祐樹は去って行った。




