焦りと戸惑い
「桜井は? 桜井は看護師になりたいって夢、今でも追いかけてる?」
「どうしてその事を……」
「ん? 浩太から聞いた事があるんだ。言ってたよ浩太。中3の時、自分にはまだ夢なんて何もなくて、看護師になるって立派な夢を持っていた桜井が羨ましかったって」
「私が……羨ましい?」
「覚えてない? 中3の時、あいつ自分の進みたい道が分からないって、進路に物凄く悩んでただろ。そん時に、言ってたんだ。懐かしいな」
「……」
「今あいつが、夢に向かってがむしゃらに頑張ってるのは、きっと桜井の影響が大きいんだろうな」
「浩太が? 浩太は夢を見つけられたの?」
「あぁ。あいつも今、地元で夢叶える為に頑張ってるぜ」
「浩太が? 浩太は……どんな夢を見つけたの?」
「それは~……」
「それは?」
「秘密! 桜井ばっか今の浩太の事を知ってるなんて、フェアじゃないからな。気になるなら、自分自身で確かめてみてよ」
「……沢田君の……意地悪……」
「何とでもおっしゃって下さい。で? 桜井は? 浩太に影響を与えた桜井本人は、今も夢に向かって頑張ってる?」
「……私……は……」
言葉に詰まった。
皆それぞれに夢を見つけて、その夢に向かって頑張ってるのに、私はそれを羨むだけ。
「私は…………」
どうしても言葉が出て来なくて、続く沈黙。
「やっぱり……」
「え?」
沈黙に耐えかねてか、先に口を開いた沢田君。
「やっぱり、桜井の従姉妹が言ってた通りなんだな」
「……紗耶香が?」
「この話をすると、桜井は答えを濁す。今の桜井は、何を考えてるのか分からなくて不安になるって、彼女言ってた」
「………」
紗耶香がそんな事を……?
「ゴメンな。今日の事、実は最初から全部仕組んだ事だったんだ。忘れ物をした事も、桜井を強引にここまで来させたのも、全部」
「え?」
「この学校で、桜井と同じ、医学の道を目指してる奴らの姿を見たら、何か刺激になるんじゃないかと思って」
「そんな……酷いよ……」
「ゴメン。けど、今の桜井には意味がなかったみたいだ」
「……それ……どういう意味?」
「桜井、ゴメン。俺、今からちょっときつい事言うかも」
「っ……」
沢田君の言葉に、私の肩がびくんと震える。
沢田君のこんな冷ややかな表情、初めて見たから。
「俺、夢を諦める事は悪い事だとは思わないよ。成功する人間がいる裏で、悔しい思いをしてる人間なんてきっと数えきれない程いっぱいいる。努力さえすれば誰もが夢を叶えられる、そんな簡単な世界じゃないって事は分かってるつもり。いつまでも叶わない夢にすがって、現実と向き合おうとしない人なんかより、潔く諦められる人の方がカッコイイのかもしれない」
「……」
「けど……けどさ、諦める事と逃げる事は違うよ、桜井」
「…………」
「桜井はさ、何か努力した? 夢を叶える努力、何かしてきた?」
「………」
「今の桜井はさ、周りの優しさに甘えて、ただ逃げてるだけだ」
「っ………」
「そんな桜井、俺見たくなかった」
「…………」
沢田君の言葉が私の胸に突き刺さる。
悔しくて……悔しくて涙がこぼれそうになった。
けど、何も言い返せなかった。
返す言葉が出てこなかった。
だって沢田君の言葉は、あまりにも正論だったから。
だから余計に、悔しかった。
「ゴメン俺、このレポート出しにいかなきゃだからもう行くね。桜井はゆっくりしててくれて良いから。ゆっくりここで、ご飯食べてって。これ、わざわざ届けてくれてありがとう。助かった。じゃあな」
遠ざかって行く沢田君の背中。
小さくなって行く彼の背中に、私は焦りを感じる。
私、沢田君に呆れられたの?
沢田君に見限られたのかな?
沢田君に再会して、戸惑ってたはずなのに……
付き纏われて、迷惑に思っていたはずなのに……
私の事なんて構わずに、放っておいてくれれば良いって、何度も思った。
今やっと、自分の思い通りになった。はずなのに……
どうして?
どうしてこんなに悲しい気持ちになるの?
寂しいと思ってしまうの?
沢田君に嫌われてしまったかもしれない、その事実が不安で仕方ない。
待って、行かないで沢田君。
私を置いていかないで。
一人にしないで――
自分の中の矛盾した感情に戸惑う。
私はいったい、どうして欲しいのだろうか?
構って欲しいの?
放っておいて欲しいの?
分からない。
もう自分自身が分からない。
この日を境に、沢田君が私の前に現れる事は、無くなった。




