憧れていたいた場所
次の日、私は沢田君に言われるがまま、沢田君の通う大学へとやって来た。
沢田君の忘れ物を抱えて、びくびくしながら門を潜る。
「どうして私がここにいるんだろ……。 もし見つかって、不法侵入で警察に捕まるような事態になったら? 沢田君の事……一生怨むんだからね」
そんな文句をぶつぶつ言いながら、指定された学食を目指して校内を歩く。
けれど敷地は想像以上に広大で、なかなか学食に辿りつけなかった。
挙げ句の果てには、校内で迷子になってしまったようだ。
「ここ、どこ?」
困り果ててさ迷い歩いていると、どこからか賑やかな話し声が聞こえて来た。
その声に導かれるままに歩いて行くと、ある部屋へと辿り着いた。
ドキドキしながら、ガラスのはめ込まれたドアから少しだけその部屋を覗いてみると、そこにはナース服に身を包んだ学生達が、真剣な表情で実習をしている様子があった。
「採血の練習かな?」
注射器を片手に、真剣な表情で人形相手に練習している私と同じ歳くらいの女の子達。
そう。この学校は、医療系の大学。
いつの日か私が憧れ、入る事を夢みた大学。
まさかその学校に、こんな形で訪れる事になるなんて。
肩を落としながら暫く私は、彼女達の真剣な表情から目を離す事が出来なかった。
“キーンコーンカーンコーン”
12時を告げる鐘の音に、はっと我に返る。
「やばい、早く食堂を見つけて沢田君にこれを渡さなくっちゃっ!」
私は急いで実習室と書かれた教室の前から駆け出した。
***
「桜井、こっちこっち」
お昼を食べに、学食へ向かっているだろう学生達の波に乗って、何とか食堂まで辿り着いた私は、食堂で私の分も席を取っておいてくれたらしい沢田君に手招きされる。
「ありがとう桜井、ホント助かったよ。って、何キョロキョロしてんの?」
「私、ばれてない? ここの生徒じゃないって、ばれてない?」
「大丈夫だって。この中にいたら、どっからどう見ても桜井は生徒の一人にしか見えないって」
「本当に?」
「ホントホント」
「……でもやっぱり、長居は無用だよね。これ、ちゃんと沢田君に届けられたから、私、もう帰るよ」
「ちょっと待てって。持って来て貰ったのに、何もお礼せずに帰すわけにはいかないだろ。学食で悪いけど、今日の昼飯は俺が奢るよ。いや、奢らせてくれ」
「え?良いよ。そんな気を使わなくて」
「良いから良いから、桜井はここで座って待ってて。俺の場所、ちゃんと見張っといてよ。じゃあ宜しく」
「ちょっと、沢田君?!」
私を一人残して、去って行く沢田君。
また沢田君のペースに乗せられてるな。
早くここを出たいのに。
この場所は、今の私にとっては物凄く居心地が悪かったから。
「お待たせ。ラーメン買って来たけど良かったかな?」
「……うん、ありがとう」
「どうした? 何か不機嫌?」
ラーメンを両手に持ちながら、席へと戻ってきた沢田君。
第一声に不機嫌を指摘され、私は慌てて否定する。
「ううん、そんな事はないよ……」
「そ? 気のせいか。なら良かった」
「………」
「………」
途切れた会話。
気まずさに私は何か他の会話を探す。
「ね、ねぇ沢田君は、この学校で何を学んでるの?」
「俺? 俺は医学生だよ。医者目指して勉強してんの」
「そう……だったんだ。沢田君はお医者さんを目指してるんだね」
「まぁね。でも、バイト三昧で進級危なくてさ、一つでも単位落としたらもうアウト。だから、今必死なわけよ。テストにレポートに」
「そうなんだ……。でも、どうしてそんな進級危なくなる程にバイト頑張ってるの?」
「そりゃ、生活費稼ぐ為に決まってるよ。授業料は、じいちゃんや親が出してくれてるけど、生活費までは面倒みないって、釘刺されてるから」
「どうして?」
「これが話すと長い話なんだけど……俺、あの地震の後、母さんの実家の、じいちゃん家で世話になってたのね。で、そのじいちゃんは地元の医大に入れば良いって言ってたんだけど、俺、じいちゃんの事大嫌いでさ、大学くらいはじいちゃんの目のない所へ行きたいって、じいちゃんの反対を強引に押し切って、東京まで逃げ出して来たってわけ」
「……」
「おかげでじいちゃん、『お前などわしの孫でも何でもない!』って、もうカンカン。だから親からの仕送りストップさせられて、生きてくだけのお金は自分で稼がなきゃいけないってわけ。医学部って、後々実習やら研修が増えて、バイトなんかしてる時間なくなるらしいからさ、今のうちに稼いでおかないといけないわけよ」
言葉とは裏腹に、沢田君はどこか楽しそうに語ってくれた。
その笑顔の意味が分からなくて、私は更なる質問を沢田君へとぶつけた。
「どうして……」
「え?」
「そんな苦労をしても、どうして医者になりたいって思ったの?」
「あぁ、じいちゃん家って、代々医者の家系なんだよね。で、じいちゃんは地元の田舎で唯一の総合病院を経営してる。だから俺に後を継げってしつこく言われて、医者になる事自体は半ば強制的に……かな。最初はそれがうざくて、煩わしくて、だから俺、じいちゃんの事大っ嫌いだったんだ」
「じゃあ、医者になりたくてなるわけじゃないの?」
「それは違うな。最初は自分の将来が、じじいの言いなりでたまるかってスゲー反抗してた。けど、出会っちまったんだよ。じいちゃんの病院で、病気と戦いながらも一生懸命生きようって、前を向いて頑張ってる人に」
「………」
「その人、幼い頃からずっと心臓が弱くて、医者からは15歳まで生きられるか分からないって言われ育ってきたらしいんだ。けど、その宣言された15の歳を過ぎた今も、彼女は必死に生きてる。いつ訪れるかしれない死に怯えながらも必死に。俺、その人の事見てたらさ、思っちまったんだ。あぁ俺、この人の力になりたい。生きたいって懸命に頑張ってるこの人の手助けをしたいって。それが俺が医者を目指した理由。まぁ、じいちゃんの言い付け通り地元で大人しく医者を目指せば、こんな苦労する必要はなかったわけなんだけど。でもそれじゃあ、どこまでもじいちゃんの言いなりになっちまうだろ? そんなの、俺としては気に食わないわけよ。ま、こっちの学校に来たのは俺の馬鹿みたいなプライドのせいなんだけど」
「………」
初めて聞く沢田君の夢。
無邪気に笑いながらそう話す彼が、私には眩しくて、無意識に彼から目を反らしていた。




