新たな約束
「ただいま~」
「あ、お帰り真奈。どうだった? 久しぶりの旧友との食事は。昔話に花でも咲いたかい?」
家に帰って来ると、居間でテレビを見ていた紗耶香が、好奇に目を輝かせながら、そんな事を聞いて来た。
「まぁね。楽しかったよ」
「そうかそうか、それは良かった!」
「あ、そうだ。紗耶香は沢田君の連絡先とか知ってる?」
「お?! あんたついに!! 良いよ良いよ、私、何でも協力しちゃう!」
「悪いけど、紗耶香が想像してるような理由じゃないよ。沢田君、今日これ忘れてっちゃって、その事伝えたいだけ」
「ふ~ん。まぁ良いや、理由は何でも。彼の連絡先なら」
私のスマホが震える。
どうやら紗耶香が、沢田君の連絡先をメールしてくれたらしい。
「ありがとう、紗耶香。とりあえず今は、紗耶香が沢田君の連絡先を知ってたわけは聞かないでおいてあげる」
「げっ……」
「や~っぱり、今日の事は最初から、紗耶香と沢田君の計画だったんだね」
「うぐっ……」
「私の知らない所で、二人揃ってコソコソと」
「真奈ごめ~ん。私はただ、真奈の為を思って~」
甘えた子猫のように擦り寄ってくる紗耶香を無視して、私は自室へと入って行く。
自室にてスマホを眺めること数分。
なかなか覚悟が決まらず、沢田君に電話をかける事が出来ないでいる私。
「う~ん……う~~ん……」
一人唸っていると
「ちょ~っと真奈!あんたいったい電話一つにいつまで悩んでるつもり?」
「さ、紗耶香?!」
もう一人の部屋の住人がドアの隙間からこちらを覗いている姿に気付く。
「もう、うじうじと、いつまでもいつまでも馬鹿らしい。さっさとかけて、さっさと終わらせちゃいなさいよ」
バタンとドアを開き、ズカズカ部屋へと入って来た紗耶香が、私からスマホを奪うと、ずっと押せずにいた通話ボタンをいとも簡単に押してしまった。
「はい」
そして満足げな顔で私に携帯を押し付けてきて
「はい。って紗耶香……まだ心の準備が出来てな……」
「はい、沢田ですけど」
何回目かのコールで、スマホの向こう側から沢田君の声が聞こえてきた。
緊張から私の心臓はドクンと跳ねる。
「もしもし?どちらさまですか??」
「ほら真奈、早く話さないと」
「…………」
紗耶香の奴、と、紗耶香の顔を恨みの目で睨みつけながら、やっと第一声を口にする私。
「あ、あの……沢田君? 私、桜井……真奈……ですけど……」
「桜井?本当に桜井なのか?!」
私の声を聞くなり電話の向こう側から聞こえてくる声が興奮気味な様子に変わる。
その勢いに押されて言葉に詰まる。
「あの……えっと………」
すると、沢田君の方からどこか焦った様子で口を開いた。
「なぁ、桜井。俺の教科書とか入ってる半透明の鞄?つ~か、ケース? 知らない? あの中に、明日までに提出しなきゃいけない大事なレポートが入ってるんだけど、どこに忘れて来たのか全く思い出せなくて……。桜井知らないかな? あれがないと俺、進級出来なくなっちまう」
沢田君が興奮していた理由はどうやら、それだったらしい。
「だ、大丈夫。落ち着いて沢田君。そのケースなら、私が今預かってる。お店に忘れていってたから」
「本当か?!」
「うん、だから大丈夫」
「良かった~。ありがとう桜井! 因みにさ」
「ん?」
「明日って時間ある?」
「え?まぁ、明日は仕事休み貰ってるから時間はあるけど……」
「本当か?じゃあさ、悪いんだけど明日、大学までそれを届けに来てくんないかな?」
「えぇ?!」
「明日の午後の講義で提出しなきゃいけないんだけど、その前の講義では進級かかったテストもあって……それ取りに桜井と外で待ち合わせてる余裕ないんだよな。時間的な余裕も、心の余裕も。ダメ……かな?」
「ちょ、ちょっと待ってよ沢田君。届けるのは全然大丈夫だけど、大学までってそんな……」
「このお礼に、今度なんか奢るからさ、頼む!力を貸してくれ。な? な? 頼むよ桜井~!」
「……そう言う問題じゃなくて、だって私、一般人だよ? 生徒でもない人間が大学の敷地になんか入れるわけ……」
「だ~いじょうぶだって。一般人だろうと生徒だろうと見た目じゃ分からないから」
「そ、そんな無茶苦茶な」
「大丈夫大丈夫。じゃ、明日、12時に。うちの大学の学食で。 待ってるから!」
「ちょっと、沢田君?」
「俺の運命は桜井の手にかかってる! 頼んだよ桜井!」
「沢田君っ!!」
私の沢田君を呼ぶ声も虚しく、ツーツーと機械音だけが虚しく響いた。
「どったの、真奈?」
「やられた……」
「何を?」
まただ。また強引に沢田君のペースに乗せられてしまった。
私は力なくその場へへたりこむ。
沢田君の通ってる大学。
うちの会社の近くにある大学と言えば一つしかない。
あの大学は――
「行きたくないな……」
思わず本音が私の口からこぼれ落ちた。




