再会の果てに
「桜井! あんた、桜井真奈だろ? 俺だよ。中学の時同じクラスだった沢田祐樹。覚えてない? 俺の事、覚えてないか? 浩太の友達でさ、一緒に生徒会やってた沢田祐樹」
「………」
覚えてる。
忘れるわけない……。
「待てよ。何で逃げるんだよ。やっと……やっと会えたのに」
「………」
「ずっと心配してたんだ、桜井の事。津波に巻き込まれて、県外の病院に運ばれたって話は杉崎先生から聞いてたけど、その後誰も連絡が取れなくて、どこにいるのか、元気にやってるのかって、ずっと……ずっと心配してたんだ」
「ごめんなさい……」
「元気にしてるなら、どうしてあの町に帰って来なかった? 今の今まで、どうして誰とも連絡取らなかったんだ?」
「ごめんなさい……」
沢田君の言葉に、私は「ごめんなさい」。ただその言葉しか出て来なかった。
合わせる顔がなくて、私は必死に逃げることしかできなかった。
「頼むから、逃げないでくれ! 何で逃げるんだよ。逃げなきゃならない程、桜井は俺や、あの町の皆に会いたくなかったのか? 俺達の事、嫌いになったのか?」
違う、嫌いになったわけじゃないっ!
ずっと、ずっと会いたかった!!
だけど……
「浩太の事まで……嫌いになったのか?」
「っ………」
沢田君の口から出た浩太の名前に"トクン"と私の心臓が大きく跳ねる。
「この5年間、あいつはずっと桜井の無事を信じて待ってたんだ。桜井は必ず戻ってくる。元気にこの町に戻ってくるって、ずっと、ずっと……信じて待ってたんだ。今だって……その浩太からも逃げるのか?」
「っ!」
浩太が? 私を待ってる?
動揺した。浩太と言う名前一つで、逃げる事も忘れる程に、動揺した。
「捕まえた!」
「っ!?」
足を止めたその瞬間、沢田君に腕を捕まえられた。と同時に、強く腕を引かれて、沢田君の方へと強引に振り向かせられる。
「…………」
沢田君の顔が見られなくて、私は慌てて視線を下に逸らした。
「……どうして……目逸らすんだよ……」
「ごめん……なさい」
「何でさっきから謝ってるの?」
「ごめんなさい……」
「何で……泣くんだよ……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「だからどうして……そんな辛そうな顔して泣いてんだよ。俺は、桜井にまた会えてすっっげぇ嬉しいのに、桜井は……違うんだな……」
「っ……」
「なぁ、この5年の間に、いったい何があったんだ?」
「……ごめん……なさい……」
もう一度、彼にその言葉を伝えた時、後ろから紗耶香の声が聞こえて来た。
「真奈っ! やっと追いついた~! 急に飛び出してくからびっくりしたよ。何があったの? 大丈夫?」
突然の紗耶香の登場に驚いたのか、沢田君の、私の腕を掴んでいた手が一瞬緩んだ。
その隙に、私は彼の手を振りほどいてまた彼から逃げ出した。
「ちょっと、真奈?!」
「桜井っ!!」
二人の叫ぶ声を背中に感じながら、私は必死になって逃げた。
***
「桜井っ……」
祐樹が、暗闇へと消えて行く真奈の後ろ姿を、慌てて追いかけようとした時、後ろからツインテールでネコ目が特徴の女の子、紗耶香に腕を掴まれる。
「ちょっとあんた、真奈に何したのよ!」
「離せ」
「離さない! 真奈を泣かせるんだったら、あんたを真奈に近づかせるわけにはいかない! 真奈は私が追う! あんたには行かせない!!」
睨み合う二人。
その時「俺が行くよ」と、いつの間にいたのか、長身で短髪、そしてガッチリと逞しい体つきの男が声を上げた。
「っ!橘さん?!」
暗闇の中から息を切らせて現れた橘が、紗耶香達を一瞬のうちに追い越して行き、真奈が消えて行った暗闇へと、橘もまた姿を消して行った。
橘の姿にホッと胸を撫で下ろした紗耶香は、再度祐樹をきつく睨みつける。
「ね、どうして真奈は泣いてたの? あんた、真奈に何したの」
「……」
「何とか言いなさいよ!あんたが真奈の言ってた片思いの相手かと思って期待したけど……」
紗耶香の言葉に整った祐樹の顔が驚きに変わる。
「一瞬でも期待した私が馬鹿だった。真奈を泣かせるようなあんたが、真奈の想い人なはずないよね! もしたとえそうだったとしても、真奈を泣かせるなら貴方を絶対、あの子に近づかせない!」
「その話……桜井がしたのか?」
「え?」
「桜井は、何て言ってた?」
「別に、なんだって良いでしょ。もうあんたには関係ない話なんだから」
「頼む、教えてくれないか?」
「……」
「頼む……」
イケメンの真剣な表情に、紗耶香は「うぐっ」と悔しそうな声を漏らした後、イケメンに頼まれたら断れないかと、仕方なく口を開き始める。
「……5年も会ってないから、今も貴方に気持ちがあるのかはわからない。けど、今もまだ貴方以上に好きになれる人には出会えない。あの子は、そう言ってた」
「……」
「きっと真奈は、まだ好きなんだと思う。貴方の事が。忘れようとしても忘れられないくらい、凄く凄く好きなんだと思う」
「……めだ……」
「え?」
「やっぱりダメだ……。桜井は……逃げちゃダメだ」
「何? どういう事?」
「逃げちゃダメなんだよ!あいつから、浩太から、逃げちゃダメなんだ!」
「……??」
「悪いけど、協力してくれないか? あいつらは、今もお互いに好き合ってるんだよ。片思いなんかじゃない。浩太は今も桜井の事を待ってる。5年間、信じて桜井の帰りを待ち続けてるんだ」
「えぇ……?」
「頼む。君が桜井の事を心配してるように、俺も浩太の事が心配なんだ。桜井の為に何か力になりたい。君が思ってるのと同じように、俺も浩太の力になってやりたいんだよ。あいつらの事、何とかしてやりたいんだよ! だから頼む、俺に力を貸してくれないか?」
「……」
***
「真奈っ! こんな時間に女の子の一人歩きは危ないよ」
沢田君から必死に逃げていた私の腕を、後ろから不意に掴まれる。
「いやっ! 離してっ……」
掴まれた腕を振りほどこうともがく私。
抵抗しながら視界に入ってきた意外な人物に、私は驚きの声を上げた。
「橘さん?! どうしてここに?」
「ん? 知らない人達の中に置いていかれて、気まずかったから俺も逃げ出して来た」
「っ! すみませんっ! 橘さん、私……自分の事ばっかりで……」
「良いよ、気にしてない」
「でも、本当に申し訳なくて……合わせる顔もないです……」
「ん~、それは困ったな。真奈が顔も見せてくれなくなるなんて。じゃあさ、何かお詫びをして貰おうかな」
「……はい。私に出来る事ならなんでも……」
「今度この埋め合わせしてよ。また一緒に飯食べに行こう。俺が奢るからさ」
「そ、それじゃあ埋め合わせになりませんよ。もっと他に……せめて私が奢ります」
「良いの。俺はそれが良いの」
「でも……」
「先輩命令!」
「………」
「俺が、真奈とまたご飯食べに行きたいの。もし俺と二人っきりが嫌だったら、紗耶香ちゃんも誘ってくれて良いからさ。な? また、ご飯食べに行こう?」
「………」
橘さんの誘いに、私は小さく頷いた。
その返答に満足したのか、わしゃわしゃと私の頭を撫で付ける橘さん。
「よし、約束だ。じゃあ約束ついでにもう一つ」
「?」
「今は何も聞かない。けど、いつか話して聞かせてくれないかな?」
「何を……ですか?」
「真奈のこの、涙のわけを」
そう言って橘さんは私の頬に流れていた涙を優しく拭った。
「っ……」
突然の事に、慌てて橘さんから離れると、ゴシゴシと袖口を顔にこすりつけて涙を拭いた。
「あの……えっと……これは……」
「良いよ。今はまだ聞かない。いつかで良い。真奈が自分から話してくれるのを待つよ。いつか真奈が俺の事を心から頼ってくれる日がくるのを、俺は待つよ」
そう言った橘さんの顔は、いつもの優しい微笑みの影に、どこか寂しさが含まれているような気がして、私は橘さんの名前を呼んだ。
「………橘さん?」
すると橘さんは、「帰ろっか。送ってく」といつもの爽やかな笑顔に戻ったものだから、私も気のせいだったのかと、それ以上気にすることはやめた。
「え? でも」
「先輩命令。今日は大人しく俺に送られる事」
「……はい」
その後私達は、他愛もない会話をしながら、家を目指して歩いた。
わざと、沢田君の話題に触れないでいてくれる橘さんの優しさが、ありがたかった。




