ディアナ・プロジェクト
メリケン
ホワイトハウス会議室
鈍く光る金属の筒。
信管を抜かれた、トマホーク。
そしてその隣には、透明な保存容器に入った灰色の塊――固体燃料のサンプル。
パメラ国防長官が、容器を指先で軽く叩いた。
「これが、第七艦隊のミサイル」
ドロシー大統領は、それをしばらく見つめていた。
「ロケットの現物ってわけね」
パメラは容器を机の中央へ押し出した。
「技術屋たちは、別の呼び方をしてるわ。”ロゼッタストーン”」
ナンシー国務長官が眉を上げる。
「大げさね」
「大げさじゃないのよ」
パメラはタブレットを操作し、解析結果を壁面モニターに映した。
数式と燃焼曲線が、ずらりと並ぶ。
「うちの推進剤は頭打ちしてた。比推力も、燃焼効率も。でもこれは違う。複合材も、添加物の配合比も、別次元よ」
キャサリン補佐官が身を乗り出した。
「コピーできるの?」
「完全コピーは無理ね。製造設備が違いすぎる。でも――」
パメラは少し間を置いた。
「”どこを改善すべきか”は分かったわ。これまで手探りだったのが、答えを横から覗き見できるようになった」
ドロシーは腕を組んだ。
「設計図を盗むのと、模範解答を見るのとでは、話が違うってこと」
「ええ。しかも――」
パメラは別の資料を呼び出す。
沈没艦から引き上げられた、水浸しの段ボール箱の写真。
中には、古びた天文雑誌や専門書が詰まっていた。
「サルベージ班が、第七艦隊の図書室から数百冊回収したわ。技術士官の私物も含めて。軌道力学、推進工学、気象学……正直、骨董品レベルの内容も多いけど」
ナンシーが小さく笑う。
「アポロ時代の教科書ね」
「そう。でも、うちの今のレベルからすれば、これは最先端よ」
室内に、自嘲とも安堵ともつかない空気が流れた。
ドロシーが口を開く。
「状況を整理させて。日本はGPS、偵察衛星、それから――」
彼女は資料の一行を指でなぞった。
「”大陸間弾道ミサイルの保有可能性”。これは確定情報?」
キャサリンが首を横に振る。
「確証はないわ。でも、軌道投入能力と固体燃料の精製技術を持っていれば、転用は技術的に難しくない。沖縄戦の記録を見る限り、攻撃力も迎撃能力も尋常じゃなかった。北中国の空母に多数のミサイルを命中させて戦闘不能にした」
「持ってる前提で動くべき、ってことね」
「ええ。広島の資料館。あんな経験してるのに何もしてない訳ないわ。在日米軍の核もあるし」
ドロシーは椅子の背にもたれた。
「日本提案の世界規模で核爆弾廃止。応じた方が得かしら?」
天井の剥き出しの配管を見上げる。
「邪馬台国も漢も、日本の傘の下で衛星データを共有してる。GPSも、気象も、通信も。三カ国でひとつの宇宙インフラを握ってるわけね」
「↓Bad deal、よね、これは」
パメラが頷いた。
「軍事的には致命的よ。あちらは目を持ってる。こっちは盲目」
沈黙が落ちる。
ドロシーは机の上の燃料サンプルへ視線を戻した。
「フランクの状況は?」
ナンシーが答える。
「独自開発を継続するか、どちらかの陣営に入るかで割れてるわ。技術水準はうちとほぼ同等。決定打を欠いてる」
「向こうが先に日本側へ転ぶと?」
「可能性はあるわ。我が国への日本の提案は、月1トンの軌道投入権と、我が国上空の管制権。
料理外交の件もあるし……向こうの大使館は、かなり日本に懐柔されてる印象よ」
ドロシーは小さく鼻を鳴らした。
「同じ以上の提案。日本から受けてるでしょうしね」
誰も笑わなかった。
キャサリンが資料を閉じた。
「問題は予算よ。これ以上どこから捻出するの」
「捻出するのよ」
ドロシーは即答した。
「これは選択科目じゃないわ。必修よ」
彼女は立ち上がり、窓の外を見た。
再建途中の港。
クレーンの影が、夕暮れの中で長く伸びている。
「いいこと、整理するわ」
ドロシーは振り返った。
「第七艦隊は沈んだ。屈辱よ。あれは取り消せない。↓Bad deal、最大級の」
「でも、その残骸が、こっちの目を開かせてくれた。技術も、現実も」
「だったら、それを最大限利用するのが、せめてもの弔い合戦でしょう」
パメラが頷く。
「賛成よ」
「宇宙開発を、国家最優先事業に格上げするわ」
ドロシーは机に両手をついた。
「予算、人員、設備――軍需と同列で扱う。いいえ、それ以上よ」
ナンシーが慎重に尋ねる。
「目標設定は?」
ドロシーは少し考えてから言った。
「まずは独自の眼を持つこと。偵察衛星、一基でいい。自前で軌道に上げる」
「日本に並ぶには、何年かかるか分からないわよ」
「並ばなくていいわ」
ドロシーは静かに、しかしはっきりと言った。
「並ぶ必要はないの。”見られているだけの存在”を、やめればいい」
パメラが容器の中の燃料サンプルを見つめた。
「これに、ちゃんと名前をつけましょう。技術屋たちのモチベーションのためにも」
「呼び方は決まってるんでしょう?」
「”ディアナ・プロジェクト”」
ドロシーはわずかに口角を上げた。
「悪くないわね。↑Good deal」
窓の外、夕陽が傾いていく。
誰も口にしなかったが、全員が同じことを考えていた。
屈辱から始まる宇宙開発。
それが、メリケンという国の、新しい出発点だった。




