響子の降格と筋肉老女
生成AIイラスト。陣原琉
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人生とは分からないものである。
つい3ヶ月前まで、邪馬台国駐日大使だった九条院響子。
今の肩書は——大阪副領事代理代行。
降格である。
原因は極めて単純だった。
妊娠。
相手は焼肉ボーイ。
外交官人生の終わりである。
「紫が悪い」
病室のベッドに寝転がりながら響子は呟いた。
焼肉だけのはずだった。
外交官として視察しただけだ。
その後に飲んで、話が盛り上がって、
気付いたらホテルで、
さらに気付いたら妊娠していた。
自分の腹を見ながらため息を吐く。
紫は責任を感じていたらしい。
出産については全面支援すると言っていた。
当初の予定では、古い方の、たちばな女性クリニックで出産するはずだった。
普通で、目立たない。
それで良かった。
それなのに。
「何故こうなった」
入口にそびえる父の黄金像。
ここは——藤堂直樹記念産婦人科病院。
そして響子は、病院唯一の四人部屋(非常用)に放り込まれていた。
医院長が「古い方の病院は行く時間無いから、こっちを使っとき」と言った。
大阪領事も「外交で役に立つかも知れないから」と。
本来は自宅の風呂場で産むぐらいの話なのに、1ヶ月も前から入院しろとは。
利用者ゼロなので、実質個室なのはありがたいのだけど、意味が分からない。
ノック。病室の扉が開く。
「失礼します」
入ってきたのは見知った顔だった。
「お久しぶりです」
南漢外交部次官の宋宗華。
旧知の外交官仲間である。
響子はため息を吐いた。
「笑いたければ笑え」
「何をです?」
「35才で妊娠した元駐日大使を」
宗は真顔だった。
「南漢では祝宴案件です。というか、平民が35才で妊娠って今まで想像も出来なかったし」
「私もよ。自分で言うのもなんだけど」
「皇帝陛下なら10日ほど休暇を出します」
「それはそれで怖い」
宗は笑った。
その後は近況報告。
南漢、日本、邪馬台国、異世界アメリカ。
話題は尽きなかった。
やがて宗が真顔になる。
「お願いがあります」
「嫌な予感しかしない」
「院長先生に取り次いでいただけませんか」
響子は考えた。
面倒そうだ。
だが貸しは作れる。
外交官としての勘がそう告げていた。
「分かった」
「助かります」
宗は深々と頭を下げた。
そして二日後。
病院の第4ティールーム『さくら』。
響子と静香は向かい合って座っていた。
「で、何の話なん?」
「聞いてません」
「またかい」
静香は苦笑する。
その時。
入口付近がざわついた。
何かが来る。
ズシン。ズシン。ズシーン。
近づいてくる。
響子は固まった。
巨大な老女。
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自己紹介は不要だ。あんなババアが他にいるわけがない。
南漢のNo.2。南漢建国の英雄にして元宰相。皇帝陛下の後見人。
「陣原琉です」
巨大なクッキー缶を差し出した。
名刺交換みたいなノリだった。
「……クッキー?」
「手土産です。皇帝陛下からよしなにと」
響子は頭を抱えた。
絶対に面倒な話だ。
陣原琉は静香を真っ直ぐ見つめた。
「本日はお願いがございます」
静香は首を傾げる。
「お願い?」
「はい」
陣原琉は深々と頭を下げた。
南漢建国の英雄が。
「皇族の姫君を。
この病院で出産させていただきたいのです」
陣原琉は、巨大な体躯をソファに沈めながら静かに切り出した。
「明珠帝が、明月公女のご出産をこの病院で行うように決められました」
静香院長は一瞬、表情を凍らせた。
「……今、満室で、予約も埋まっております。信頼できる産院を紹介いたしますので、それでいかがでしょうか?」
陣原琉の眼光が鋭くなった。
「それでは格が落ちます。次期皇帝陛下とその御子です。この病院の最上位室でなければなりません」
言い切った。圧が強い。
静香の視線が、響子に向いた。
響子は内心で悲鳴を上げた。
(今、VIPルームを抑えているのは葛城、足利、西園寺……漢の皇帝に恩が売れるからで引く連中じゃない。
ダメ元で外務大臣や総理に相談しても「無理、相手が悪すぎる」って言われるに決まってる……
まさか、極秘入院……目立たない場所……私と相部屋……?)
「まさか私と相部屋とか考えてませんよね」
思わず口に出た。
陣原琉が真顔で見た。
「良案ですな」
「やめてください」
即答だった。
「ストレスで切迫流産しそうです」
しばらく沈黙。そして陣原琉が口を開く。
「2部屋いただきたい。
壁を抜いてつなげます。
移っていただく姫の補償と改修費用は、言い値で払います」
響子は頭を抱えた。
圧が強い。
息ができない。
宋宗華は既に空気と化している。
静香院長も驚いて声が出ない様子だ。
「病院ですよ?」
静香が恐る恐る言う。
「承知しております。皇族の安全のためです」
陣原琉はうなずいた。
病院の壁くらい、家具の移動程度にしか思っていないようだ。
でも——2部屋なら、大人しい家を説得してなんとか出来るかも……。
その時、静香がゆっくりと息を吐き、言った。
「……分かりました。私の部屋を使いましょう。
私が外に出ます。妊婦さんに負担をかけるのは良くありません」
陣原琉は深々と頭を下げた。
「かたじけない。
無事出産の折には、静香殿の像を寄贈させていただきます。高さ16メートルの金箔張りで」
静香
「それだけは、いらん。」




