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皇帝と老臣

南京皇城、紫宸殿奥。

巨大な天蓋付き寝室の扉が静かに閉まる。

漢朝皇帝・劉明珠は、誰も見ていないことを確認すると、ためらいなくベッドへ飛び込んだ。

「ふあぁぁぁ……」

全身が、ふわりと沈む。

ビーズマットレス。

日本から献上された最新の寝具。

まるで雲の上に浮かんでいるようだった。

身体を動かすたびに細かな粒子が流れ、腰も肩も優しく包み込む。

明珠は仰向けになりながら、天井を見上げて小さく笑った。

「薪の寝床とは大違いじゃな……」

あのババアに、過去の屈辱を忘れず、復讐心を燃やし続けよと強要された、硬い薪の寝床。

復讐が成った暁には、自ら盛大に燃やしてやると決めていた。

ところが——

部屋の隅。

そこに積まれていたはずの薪が、ない。

「薪はどこじゃ?」

侍女が固まった。

「誰が片付けた?」

「そ、その……」

侍女が言い淀んだ瞬間、寝室の扉が重々しく開いた。

ズシン。

ズシン。

ズシン。

重い足音が響く。

侍女たちが一斉に背筋を伸ばした。

「陣原琉様」

現れたのは、巨体の老女だった。

白髪交じりの髪、鋭い眼光。

六十を超えているはずなのに、背筋は鉄柱のように真っ直ぐ。

並の男など片手で投げ飛ばせそうな、圧倒的な体格。

南漢建国の英雄——陣原琉。

「薪なら宝物庫に移しました」

明珠は眉をひそめた。

「残したくないと言ったはずじゃ」

「我らが苦難に耐えた象徴として、博物館で展示します」

「恥ずかしいわ」

「我慢なさいませ」

陣原琉は一歩も引かなかった。

明珠は小さく舌打ちした。

この女には、借りがある。

いや、借りなどという言葉では到底足りない。

北京陥落の日。

燃え落ちる紫禁城から朕を救い出したのは、この女だった。

単身で敵中に突入し、朕を背負って100km駆け抜けた。

そして、皇族の血を引く生存者として担ぎ上げられ、

朕の人生は復讐に染められた。

皇帝以外の生き方を、奪われたのだ。

明珠は苦笑を浮かべた。

「残党狩りは終わったか?」

「終わりました」

あっさりとした返事。

「それで帰ってきたのか」

「いえ、月児様のことです。ご出産まであと3ヶ月。

残された皇族は陛下を含め5名。

陛下より若い御方はわずか3名。

何としても、無事に産んでいただかねばなりません。

最近、邪馬台国の名家が利用しているという、藤堂直樹記念病院……」

「日本に出来た、邪馬台国の国父の名を関する病院じゃな。

安全に、痛みなく子を産めるという。

月児は余の姪孫。次の皇帝じゃ。

月児が使うなら、邪馬台国の名家の下はならぬぞ。

行ってくれるか」

陣原琉は真顔で答えた。

「お任せあれ」


漢の皇族

明珠帝(35才):現皇帝。子ども無し)

劉清蘭(明珠の従妹、50才。子ども無し)

劉月華(明珠の従妹、3人目の出産時に死亡)

劉明月(月児は愛称。皇帝の姪孫、妊娠中、19才)

劉月瑤(皇帝の姪孫、17才)

劉月琳(皇帝の姪孫、14才)



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