所長は東経135度にお怒りのようです。
AIイラスト。これ見たら所長が切れるのも納得。
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東経150度・水沢VLBI観測所(岩手県)
所長の吉田は、窓の外に広がるしんしんと降り積もる雪を眺めながら、静かに口を開いた。
「明日から年末休暇に入る。それが明ければ――我々は、新暦128年の元旦を迎えることになる」
室内の空気が一瞬で張り詰め、スタッフたちが息を呑む気配が伝わってきた。
「新年の幕開けとともに施行される新暦、いわゆる『異世界歴』だ。新年は冬至から始まり、1ヶ月はすべて30日。12ヶ月すべての長さが均一になる。溢れた5、6日は、どこの月にも属さない年末の『国民の休日』とする」
吉田は窓ガラスから視線を外し、ゆっくりと振り返った。
「日本列島は、元の座標から東へ約1000キロメートル――正確には、地軸を中心に列島全体がわずかに“振れた”。その結果、この水沢が新たな東経150度線上になったのだ。これに伴い、新しい日本標準時はグリニッジ標準時より10時間進むことになる。従来より1時間早い世界だ。そして……この水沢観測所が、これからの日本の基準時天文台となる」
所員
「所長、日本の標準時はプラス9時間のままの様です」
「標準子午線は135度のままです」
「宮古島に5年前に天文台が作られてました」
吉田
「ここなら関東・東北と時差がない。議員も応援してくれるだろう」
「所長、議員たちは、沖縄の戦災復興に文句が言えなかったんです。
水沢は地味すぎたんです」
吉田は震えながらホテルのパンフレットを見つめた。
そして、眼鏡を外し、口を開いた。
「電磁波より水着ギャルが好きな奴は出ていけ。彼女のいる奴もだ。アンポンタン!」
数名が静かに席を立った。
吉田は彼らが部屋を出るのを確認してから口を開いた。
「……なるはずだったんだ!」
スタッフ全員が目を逸らした。
「誰だ! 宮古島のホテルに天文台を作ったやつは!
偶然、東経135度に天文台があるからって、そこを基準時天文台にするって何だ!」
「大っ嫌いだ!バーカ!」
「宮古島、標準時にしたら関東は1時間早いんだぞ。朝は5時前から明るくなるんだ。
もったいないだろ。冬なんて4時過ぎたら真っ暗だぞ。生活リズム、おかしくなるだろ!」
「チクショーメ!」
若手研究員が小さく手を挙げた。
「時計の針進めるのが面倒らしくて」
「所長……リゾートホテルの観光天文台なので……」
「明石の市立天文科学館だって天文台だろう!ほとんどプラネタリウムだけどな。
子午線の島、宮古島とか。県立天文・時空館建設とか。
急に騒ぎ出しやがって。沖縄戦からの復興シンボルとか関係ないだろ!
俺達が、男ばかりの部屋で、電磁波解析している間に、
あいつらは、水着のギャルと、リゾートホテルで夕日見ながら」
「目に刺さるにゃん♪おっぱいぷるーんぷるん!」
反論できる者はいなかった。
吉田はため息をつき、声を少し落とした。
「原子時計の振動数をどう再定義するかはまだ議論の最中だが、民間のクォーツ時計はすでに異世界対応モデルが市場に出回っている。各基幹サーバーのタイムスミア処理も、先ほどすべて完了した。これでようやく、1日が『24時間2秒』という歪な状態から脱し、本来の『24時間』へ戻る」
部屋を満たしていた緊張が、微かな安堵の吐息へと変わっていく。
「地球の自転速度は、潮汐摩擦によって何万年もの歳月をかけ、ほんのわずかずつ遅くなっていくと言われている。世間では、この転移をパラレルワールドへの迷い込みだと評する声が大半だが……1日が2秒長いこの世界を、私を含めた多くの天文学者はこう考えている。ここは『遥か未来の地球』なのではないかと」
吉田は背筋を伸ばし、スタッフたちの顔を一人ひとり見渡した。
気持ちを切り替えた様だ。
「来月からは、いよいよ『アポロ15確認計画』のレーザー測距塔の建設が始まる。この世界の真実を突き止めるための、極めて重要な一歩だ。皆、頼むぞ」
張り詰めていた空気が緩み、スタッフの一人が小さく苦笑した。
「ところで、いただき物のちんすこう、配らないんですか?」
テーブルの上には、『子午線ちんすこう』とホテルのパンフレットが積まれていた。
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「宮古島はウェザリングセンターと観光だけでいいだろ。
LEDプラネタリウム。俺も見たいわ」
吉田は黙って、ちんすこう(雪塩)を一つ口に放り込んだ。
思ったよりしょっぱかった。
宮古島のリゾートホテル天文台は実在します。




