衝突回避
分厚い防音扉が閉まり、室内に重たい静寂が落ちた。
壁面モニターには、日本政府から送られてきた外交文書が映し出されている。
――日・メリケン包括安定化協定(仮)
・第七艦隊問題の解決
・太平洋地域の兵力制限
・ニューサンフランシスコ州の自治保障
・六甲特別区住民の自由選択尊重
・在日米軍地位協定継続
・北太平洋経済圏創設
・相互不可侵・相互人材移動保証
窓際に立つドロシー・トランプ大統領は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
外には薄曇りの冬空と、再建途中の港湾都市が広がっている。
ソファに腰掛けたナンシー国務長官が、静かに口を開いた。
「日本からの正式回答よ。想定の中でも、かなり穏当な内容と言っていいわ」
机の端に腰掛けていたキャサリン補佐官が眉を上げた。
「穏当、ですって?」
ナンシーは肩をすくめる。
「軍事的優位を背景に、もっと強く出ることもできたはずよ。賠償、港湾管理、艦隊接収……でも彼らは制度維持を優先した」
ドロシーがゆっくり振り返る。
「ニューサンフランシスコ州を認めている時点で、↑Good deal よ。日本は“アメリカ”を潰したいわけじゃない」
パメラ国防長官が低い声で言う。
「当然でしょうね。在日米軍の法的帰属先が必要なのよ」
彼女はタブレットを操作し、沖縄方面の戦況記録を表示した。
「軍事衝突は避けるべきだわ。正直、日本の非殺傷制圧能力は想定以上だった。飽和攻撃を止められる相手とは消耗戦をすべきじゃない。
それから、カリブ海の状況が良くないわ。インカとアステカに新型魚雷配備の動きがある。空母を太平洋から戻せるなら有りがたいわ」
ドロシー
「紅茶臭いやつ?」
パメラ
「それに、ワインとチーズの臭いも」
ドロシー
「あいつららしいわ」
キャサリンが資料を軽く叩く。
「カリブの海賊も気がかりだけど、問題は軍事じゃないわ。六甲よ」
室内の空気が少し変わった。
ドロシーの目が細くなる。
「……神戸の埋立地」
「ええ。“新アメリカ特別区”」
キャサリンは続ける。
「企業家、金融資本、外交関係者が流れ始めている。しかも“帰る場所”として機能し始めてる」
パメラが眉をひそめる。
「高級難民キャンプ、みたいなもの?」
「違うわ」
キャサリンは即答した。
「国家の種よ」
沈黙。
ドロシーは小さく鼻で笑う。
「↓Bad deal ね。軍艦より厄介だわ」
誰も口を挟まない。
「軍艦なら沈めれば終わる。でも人口流出は違う。あれが成立すれば、ニューサンフランシスコ州へ来るはずの人材が、日本に根を張る」
ドロシーはソファへ腰を下ろした。
「埋立地で建国……悪くない発想だけど、こちらには最悪ね」
ナンシーが慎重に言う。
「ただ、日本側は自由選択を求めているだけよ」
「祖国を失った人間に、安全と豊かさを見せれば流れるに決まってるでしょう?」
短い沈黙。
やがてドロシーが文書へ視線を落とす。
「ニューサンフランシスコ州は認める。↑Good deal」
「第七艦隊も段階的整理で協議する。↑Good deal」
ナンシーが顔を上げた。
「では、日本案を受諾方向で?」
ドロシーは首を横に振る。
「条件付きよ」
指先で机を軽く叩く。
「六甲は国家にしない。自治特区止まり。↓Bad deal を放置する気はないわ」
キャサリンが静かに頷く。
予想通りだった。
「それと、第七艦隊人員は返還しない」
パメラが目を細めた。
「家族問題は?」
ドロシーは少しだけ考える。
「柔軟にやるわ。家庭を壊した兵士は国に残らない。↓Bad deal」
「面会、移住、婚姻維持、例外措置は認める。でも帰属はニューサンフランシスコ州よ」
ドロシーは窓の外を見た。
「国家再建に理想論はいらないの。祖国を作るには、人間が必要なのよ」
少し沈黙してから、低く続けた。
「資源問題は少し譲歩していい。相互依存は ↑Good deal」
「でも依存される側に立つのよ。そこは間違えないで」




