SS 東西南北⑦
夜、病院に移された東に話は移る
小学校の体育館から運ばれた時、私は自分が死ぬと思っていた。
担架の上で天井を見ながら、これが最後かもしれないと思った。
悪くない死に方だと思った。
男を見た。触った。甘いものを食べた。
十分だった。
救急車の中で、男の声がした。
「大丈夫ですか、聞こえますか」
返事ができなかった。
手を握られた。
私は、それだけで泣きそうになった。
4人部屋の窓際のベッドだった。
点滴の管が腕に刺さっている。
モニターが規則正しく音を立てている。
カーテンの向こうから、誰かの寝息が聞こえる。
天井が白かった。
きれいな白だった。
シミも亀裂もない。
私は、しばらくそれだけを見ていた。
医師が来たのは翌朝だった。
三十代くらいの男性。眼鏡をかけている。白衣が清潔だった。
「気分はどうですか」
翻訳機越しの中国語は少しぎこちなかったが、意味は伝わった。
「……悪くない」
「脱水と低血糖です。あと、複数箇所に古い骨折の痕があります。治療せずに癒合したもので、おそらくかなり痛かったと思いますが」
私は答えなかった。
そういうものだと思っていた。
折れたら、騙しながら動かす。それだけだった。
「追加で検査をさせてください。CTとMRI、それから胃と大腸の内視鏡も。侵襲的な検査もありますので、同意書にサインをお願いします」
書類を差し出される。
中国語の翻訳が添付されていた。
私は少し考えてから、サインした。
男性看護師が点滴を交換しに来るのは、4時間ごとだった。
薬以外に栄養が入っていて、ご飯が半分で済むらしい。
血糖値と酸素濃度を測って、手首に巻いたセンサーを確認して、短く「問題ないですね」と言って出ていく。
最初の二日間、私はその度に目が覚めた。
男が部屋に入ってくる気配で、身体が勝手に緊張した。
三日目から、眠ったまま測定されるようになった。
警戒が溶けたわけではない。
ただ、疲れていた。
そして、この男は何もしないと、身体が判断し始めていた。
病院食はあっさりしていた。
朝食は、食パン、イチゴジャム、牛乳、ポテトサラダ、りんご
量は少なかった。点滴で半分になっているのが残念だ。
だが、全部食べた。
全部、美味かった。
甘いイチゴジャム。
目が覚めるような甘さだった。りんごもこんなにも甘い。
私は、それを最後まで残して、ゆっくり食べた。
心の中で南達にわびる。自分だけ良いもの食べてる。ごめん。
CTとMRIは、服のまま機械の中に入るだけだった。
技師は男性だった。
「動かないでいてください」
それだけ言って、あとは静かだった。
内視鏡は違った。
前処置の下剤を飲まされた。
四時間、私はトイレと戦った。
「つらいですよね」
看護師が水を持ってきた。男性だった。
私は何も言わなかった。
つらいかどうか、よくわからなかった。
これよりつらいことは、いくらでもあった。
「寝てる間に終わりますからね。」
私は注射で意識を失った。
それだけだった。
身長、体重、筋力測定、肺活量、視力、聴力、反応速度も測定した。
以前と比べてどうですかと聞かれたけど、以前の数値をほとんど知らなかった。
検査結果の説明は、医師と通訳が二人で来た。
「全体的には、思ったより状態がいいです」
医師が画像を見せながら説明する。
「ただ、胃に慢性的な炎症の痕があります。長期的な栄養不足の影響です。これは時間をかけて改善していきます」
私は画像を見た。
自分の内臓が、画面に映っている。
白黒の、見慣れない形をしたもの。
「肺は綺麗です。心臓も問題ない」
それは良かった、と私は思った。
理由はうまく説明できなかった。
「治療費についてですが」
医師が少し間を置いた。
「請求先があなたになる場合は、特例措置で保険が適用されます。自己負担は16万円ぐらいになると思います。概算で月収一か月分程度になる見込みです。分割払いも対応しています。十二回払いで」
私は数字を聞いて、何も言えなかった。
月収一か月分。
それを十二回に分けてくれる。
私の身分が、捕虜か、犯罪者か、遭難者か決まってないらしい。
こんな怪しい敵国の兵士に。捕虜ですらないかも知れないのに。
「……なぜ」
「制度がそうなっているので」
医師は特に感情のない声で言った。
「おかしいと思いますか」
私はしばらく考えた。
「おかしいと思う。でも、ありがたい」
医師は少し笑った。
「正直な人ですね」
夜ごはん。お粥、白身魚のムニエル、高野豆腐の含め煮、マカロニサラダ、小松菜のスープ。ミカンゼリー
10時と3時にはおやつ。バナナとゼリー。昼ごはんも夜ごはんと同じ感じだった。
相変わらず量は少ないが上等な食事。未だに慣れない。
4人部屋の残りは、顔見知りの兵士たちだった。
決められたフロアからは出れないが拘束はない。ご飯、投薬、採血、検査の時間は決まっているが、それ以外の行動は自由。朝食後は、就寝時間まで他の部屋とも行き来自由。広い休憩場もある。大きなモニターがあって、娯楽、ニュース、ドラマ、スポーツが流れている。日本のことを調べることが出来る端末も各部屋に1台。
党の幹部や貴族でもここまで良い暮らしはしてない。と思う。
周りに男が溢れてるのに性的な接触は徹底的に避けられている。そこだけは固い。
体はあっと言う間に回復した。この治療なら当然だ。
脱走は簡単そう。絶対しないけど。
他の兵士達とは、なんでも話した。
これからの起きることの予想。意外と不安を感じてない。
今回の作戦や国や軍の批判。半分過去の話しになってる。冗談が多い。
邪馬台女の悪口。でも、気持ちは理解できる。
みんな亡命したいと言っている。私も同じ気持ちだ。
その同じ時、東達が知らないところで、
病院の地下では、別の作業が進んでいた。
採血のたびに、余分な血液が別ラベルで保管された。
内視鏡の組織サンプルが、消化器科ではなく別の部署へ送られた。
CTの画像が、通常より高解像度で記録された。
鬼女の骨格密度。
筋繊維の組成。
ホルモン値の分布。
ミトコンドリアの構造。
染色体。
DNAのスパコン解析も始まっている。
損傷した筋肉、内臓の回復速度。
いくつかの薬物の体内での半減期
全ての会話内容。ニュースや娯楽番組への反応
特に、スポーツや格闘技の観戦時には、視線の動きや瞬きのタイミングまで。
さらに膣の内部まで撮影されていた。
あらゆるデータがリアルタイムで分析され続けた。
謎に包まれていた鬼女の秘密を日本政府は手に入れていた。
一か月後、退院の日。
祖国は無くなっていた。
私達捕虜?は、紆余曲折を経て(多分、日本政府の温情で)、遭難した外国人から政治難民化したことになった。ただし軽犯罪(公然わいせつ)の履歴は付くと説明された。
治療費は払わなくていいらしい。
日本には感謝しかない。我が祖国とのあまりの差。
日本は世界から、“出生国ガチャUSR”の国と言われてる。
病院の玄関で、担当看護師達が見送りに来た。
「お大事に」
私は頷いた。
外は晴れていた。
東達が去った後、看護師達
「可哀そうだけど、良い娘達だったな。幸せになってほしいな」
「3か月待ってたら、結構沖縄に帰ってくるらしいぞ。うちでは雇えないけど」
「あれだけ可愛かったら男でもいいって思いそうになるよな」
「天然極上の”男娘”達か。歪むね。俺達。知ってなきゃ退院待って告白してたよ」
「急に同性婚が法的に認められたのは、彼女たちとのトラブル回避かね。フェミじゃなくて」
「さあね、俺は無関係でいたいから」
空港に向かうバスの中でこれからのことを想像する。
今から、九州の福岡という所に出来た難民支援センターに移って日本語を勉強する。
入院生活中に日本語は結構覚えた。漢字が似ているのはありがたかった。
荷物はほとんどない。裸で日本に上陸したので当然なのだけど。
順調に行けば、3か月後には難民支援センターを出て働ける。
5年後には帰化して日本人になれるかも。
夢にも思わなかった男性との交際も
南達が沖縄で待っている。砂糖を作る畑?砂糖食べ放題?男も紹介する?
南達は大丈夫か?騙されてると思う。




