SS 東西南北⑥
夜明けの海は、白かった。
波だけが静かにうねり、エンジン音だけが小型船の船体を震わせている。
南は操縦席の横で、濡れた海図を膝に広げていた。
燃料計。
速度。
潮流。
残り距離。
頭の中で何度も計算を繰り返す。
沖縄から北上。
九州西岸。
そして関門海峡。
そこを抜ければ、邪馬台国の北側航路。
さらに海を渡れば――釜山。
北中国圏。
理論上は届く。理論上だけなら。
南は乾いた唇を舐めた。
途中で巡視船。
沿岸監視。
漁協。
港湾警備。
どこかで必ず捕まる。
それでも。
それでも、ヒロシ達を“党”へ差し出すよりはマシだった。
党に渡ればどうなるか、南は知っている。
男は国家資源。
研究対象。
配給対象。
繁殖対象。
人間扱いなどされない。
だったら――。
邪馬台国に捕まって、スパイとして撃たれた方がまだいい。
自分たちが死んだ方が納得できる。
南は海図を折り畳いた。
西が口を開く
「で、どうなの」
南が答える
「燃料ギリギリ。運が良ければ釜山に着ける。関門海峡を抜けれるとは思わないけど」
西は笑った。
「私らに運なんてあったっけ」
北は船室入口にもたれて座っていた。まだ顔色が悪い。二日酔いが残っている。
「この2日で人生10回分ぐらい使ってる」
南
「もういいかな?二人とも巻き込んじゃうけど」
西
「十分。サトルを党に差し出すのは最悪」
北
「私も。いい夢みせてもらった。東が聞いたら今からでも代われって言いそう。」
その言葉に、誰も反論しなかった。3人は笑う。答えは最初から決まっていた。
後は落とし前を付けるだけだ。
船室では、ヒロシ達がまだ眠っている。
縛っていたロープは、少し前に解いた。
逃げようと思えば逃げられる。
だが誰もそうしなかった。
朝日が高くなる頃、ヒロシが最初に目を覚ました。
ぼんやりした顔で天井を見る。
それから南を見る。
数秒沈黙。
「……ここ、海の上?」
「うん」
「俺達、攫われた?」
南は少し考えてから頷いた。
「ごめん」
ヒロシはしばらく黙っていた。
それから、吹き出した。
「マジかよ」
怒鳴りもしない。
暴れもしない。
諦めたような笑いだった。
(こんなに可愛いのに鬼女って握力150kgあるって話だよな~。勝てないよな~)
サトル達も順番に起きた。
(とにかく機嫌をとれ)
状況説明。
沈黙。
困惑。
だが結局、誰も南達を責めなかった。
責めたところでどうにもならないと分かっていた。
六人とも、薄々理解していた。
こんな状況、上手くいくわけがない。
だったら、せめて。今だけは。
船の上には、不思議な平和があった。
昼になる頃には、西はサトルの隣で笑っていた。
北は無言でトモキの肩に頭を預けて寝ている。
南は操縦を交代したあと、船首でヒロシと潮風を浴びていた。
ヒロシが隣に座る。
「寒くない?」
借り物のパーカーを肩に掛けられる。
南は少し笑った。
「男って、ほんと変」
「何が」
「攫われてるのに優しい」
ヒロシは困ったように笑った。
「南ちゃん達も、そこまで悪い奴に見えないし」
南は何も言わなかった。
海だけが続いていた。
夜。
船室は狭かった。
エンジン音。
潮の匂い。
熱。
人肌が近い。
南は、ヒロシの胸に額を押し当てながら、小さく息を吐いた。
訓練で聞かされた“繁殖”とも、党の資料映像とも違う。
交代で船室を使う。
男は、暖かかった。
ヒロシが髪を撫でる。
「大丈夫?」
南は小さく頷く。
狭い船の中、波に揺られながら、六人は寄り添って眠った。
夢の様な4日間だった。
海が荒れることもあったが6人で協力して乗り切った。
交代で陸地を確認しながら進んだ。
同じ夜空でもヒロシと一緒だと違って見えた気がした。
ヒロシがカツオを釣った。
生魚を初めて食べた。ぐちゃっとして気持ち悪かった。
美味しくないって言ったら、男達が慣れたら肉より美味しいって笑ってた。
雨水も補充できた。シャワー替わりで気持ち良かった。
このまま、ずっと船にのっていたかった。
でも、夢の終わりが近づいてきた。
灰色の海の向こうに、巨大な橋が見え始める。
関門海峡。
邪馬台国の港を探したが、海峡を抜ける船の流れに合流してしまう。
こんなに船が多いなんて知らなかった。他の船に続いて海峡を通り抜けた。
南は呆然と景色を見ていた。
「……抜けた」
西が乾いた笑いを漏らす。
「何でまだ捕まってないんだろ」
北は双眼鏡を下ろした。
「知らない。怖い」
さらに数時間進む。コンパスは液漏れしてダメになっていた。でも、日中なので方角はわかる。
ヒロシが左手を指さす。(南ちゃんごめんね。)
「ほら、あっち。左の陸地」
水平線に、黒い雲のような影。海から山脈が生えている感じ
「朝鮮半島!」
南はその名前を繰り返した。
このままでは祖国に着いてしまう。もっと早く決断すべきだったのに。
西
「右、5km、魚雷艇、20ノット以上で近づいてくる。」
北
「もう逃げられない。ごめん。」
6人を乗せた小型船は、静かな港へゆっくり入っていく。
だが、近づいてきた魚雷艇は見慣れた船ではなかった。
向けられる30mm機関砲
そして、港にいるのは邪馬台国の女達。
ヒロシがすまなそうに告げる。
「ごめんね。南ちゃん。ここは対馬だと思う」




