SS 東西南北⑤
喜屋武の浜から少し離れた集落。
潮風に晒された低いブロック塀の向こうで、古びた漁船が静かに揺れていた。
庭先では簡易コンロの炭火が赤く光っている。
肉の脂が落ち、煙が立つたびに、香ばしい匂いが夜気に広がった。
南は、紙皿を持ったまま黙ってそれを見ていた。
焼かれているのは豚肉だった。
厚い。白い脂がついている。しかも塩だけではない。甘い匂いがした。
ヒロシが笑う。
「沖縄の肉、初めて?」
翻訳アプリが少し遅れて中国語を喋る。
南は頷いた。
「初めて」
男は嬉しそうに笑い、紙皿へ肉を追加した。
「いっぱい食べな。まだあるから」
まだある。その言葉が、南には信じられなかった。
西はすでに缶ビールを空けていた。苦い顔をしている。
「変な味」
「すぐ慣れるって」
男たちは笑う。
北は無言で泡盛の瓶を観察していた。
透明な液体。強いアルコール臭。
「燃料みたい」
「まあ近い」
男たちがまた笑う。
庭には、奇妙な空気が流れていた。
男たちは完全に油断していた。
相手が敵兵だとは思っていない。
せいぜい、少し危ない外国人観光客。
一方で南たちは、酔いながらも周囲を見ていた。
船までの距離。
男の人数。
スマホの位置。
玄関。
包丁。
車の鍵。
全部、癖のように確認してしまう。
だが同時に、頭がぼんやりしていた。
酒のせいだけではない。
肉。
酒。
男。
笑い声。
優しい手。
自分たちには縁のないものだと思っていた。
西が炭火の前でへらへら笑う。
「こんなん毎日食ってたら、そりゃ戦争弱くなるわ」
サトルが苦笑する。
「沖縄県民に謝れ」
南も笑った。
久しぶりだった。
腹の底から笑ったのは。
その後、男たちはさらに酒を勧めてきた。
泡盛。
喉が焼けるように熱い。
北は途中から完全に顔が赤かった。
西はサトルの肩に腕を回しながら、
「珊瑚、見せてくれるんでしょ」
と笑っている。
男たちも酔っていた。
夏の夜。
海。
派手な水着の女たち。
危機感は、完全に消えていた。
南は庭先から港を見る。
暗い海。
係留された小型船。
エンジン付き。
六人乗り。
充分だ。
ヒロシが隣へ座る。
「どうした?」
南は少し考えてから、小さく笑った。
「……いい夜だなって。もう少し夢見ててもいいかなって思ってた」
翻訳アプリが、ぎこちない日本語を読み上げる。
男は照れたように笑った。
その夜はヒロシの家に泊まることになった。
ヒロシ
「南ちゃん。いいよね♪」
・・・・・・南の作戦は失敗した。原因は酒と経験不足。敵に完全に主導権を取られた。……悪くなかった。
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翌朝。
南は昨夜のことが信じられなかった。
頭が痛い。
胃が気持ち悪い。
喉が渇いている。
北が死んだ顔で呟く。
「お酒の副作用。昨夜は私もおかしかった。いい体験だった」
西は畳の上で転がったまま動かない。しかも裸だ。
男たちはもっと酷かった。
完全に潰れている。
南は時計を見る。
夜明けを過ぎていた。
工作船との合流時刻が近い。
南の顔から酔いが消えた。
「時間がない。急ごう」
「ごめんね。」
三人は男たちをロープで縛って担ぎ上げた。
眠ったままの男たちを船へ押し込む。
水と食料も忘れない。
不幸か幸いか燃料は満タンだ。
エンジン始動。
船体が震える。
係留ロープを外し、港を離れる。
朝日が海を白く照らしていた。
男たちはまだ寝ている。
あとでいくらでも謝る。
西が双眼鏡を覗く。
水平線。
何もない。
北が低く言う。
「……遅い」
合流地点へ近づいても、工作船の影は見えなかった。
波だけが揺れている。
南は黙って海を見ていた。
嫌な予感が、ゆっくり胃の底へ沈んでいく。
工作船が来ない。
南は叫んだ
「せっかく男3人攫ってきたのに、どうして、どうして予定の貨物船がいないのよー。」




