SS 東西南北⑧
サトウキビ畑の向こうで、風車がゆっくり回っている。
私達3人はここで働いているのだ。
休憩所のトタン屋根を、潮混じりの風が鳴らした。
私は透明なカップを両手で持ちながら氷を揺らす。
薄い黄緑色。
サトウキビジュース。
氷入り。
しかも、おかわり自由。
未だに意味が分からない。
北は三杯目だった。
西はお代わりを我慢している。
西が言う。
「飲みすぎると太るよ」
仕方ない。
沖縄は食べ物が多すぎた。
肉。
魚。
卵。
白米。
果物。
甘い飲み物。
アイス。
菓子パン。
しかも、コンビニに行けば夜中でも買える。
この国、頭がおかしい。
私は最初にコンビニを見た時のことを思い出す。
深夜。
蛍光灯。
並んだ弁当。
揚げ物。
肉まん。
冷蔵棚いっぱいの飲み物。
あの瞬間、本気で敗戦を理解した。
こんな国に勝てるわけがない。
北は真顔で答えた。
「もう遅い。三キロ太った」
その瞬間、私達は笑った。
腹筋が痛くなるぐらい笑った。
こんな風に笑える日が来るなんて、昔は思わなかった。
私は静かに目を細める。
私達は沖縄にいる。
本当に生き残った。
対馬で拘束された時のことを思い出す。
港。
女ばかりの警備隊。
向けられた機関銃。
そして事情聴取。
ヒロシ達は、本当に最後まで意味不明な供述を続けたらしい。
「結婚相手です」
「新婚旅行中でした」
「漂流しました」
「全員合意の上です」
役人達の顔が困惑してた理由が今ならわかる。
途中から誰も理解することを諦めていた。
当然、船は押収された。
スマホも。
服(盗品)も。
水着(盗品)まで証拠品になった。
ヒロシは父親に殴られたらしい。
「お前は何を拾ってきたんだ」
と本気で怒鳴られたと言っていた。
でも、見捨てられなかった。
結局、六人とも沖縄へ送られた。
祖国は、その頃にはもう無くなっていた。
北中国軍崩壊。
政府瓦解。
暴動。
難民船。
そして、夏将軍自害。
私は何も感じなかった。
泣けなかった。
怒りも無かった。
ただ、終わったんだなと思った。
代わりに、多くの捕虜が日本に残った。
いや、難民として残ることを選択した。
難民申請。
職業訓練。
日本語教育。
最初は収容所みたいな扱いだったが、今はかなり自由になった。
東も生きている。
もう退院して難民保護センターで日本語を勉強しているらしい。元気そうだ。あと3か月したら沖縄に来る約束だ。本当に男と交際してるって知ったら東はどんな顔するだろう。今から楽しみだ。
音祢花隊長とも再会した。
驚くほど普通の服を着ていた。
隣には少年?――13歳ぐらいにみえるけど、名前は宇曽君。
音祢花お姉さんって言われてデレてた。本当の年言ってないだろ。絶対に。
西
「隊長、それって犯ざ・・・」
音祢花は西に、”黙れ!”と言わんばかりの殺気を叩きつける。
「ーーーーーー」
恐かった。戦場の隊長より何倍も怖かった。
私は何も聞かなかった。聞かない方がいい気がした。
ただ、隊長が宇曽君に向ける笑顔は柔らかいままだった。
音祢花が幸せそうで良かった。応援していいかはわからないけど。
ヒロシと結婚はまだ出来ない。
法律が追いついていないらしい。
難民。
元敵兵。
国籍消滅。
戸籍処理だけで役所が止まりかけたと言われた。
でも交際は禁止されなかった。
だから今も一緒にいる。
北
「また考え事?」
私は少し考えてから笑った。
「うん。夢みたいだなって」
西は肩をすくめた。
「夢じゃないよ」
サトウキビ畑を風が渡る。
甘い匂い。
夕焼け。
笑い声。
遠くの海。
私は冷たいジュースを飲み干す。
甘かった。
泣きたくなるぐらい、甘かった。




