EP-39 新たな覇権国家(Day+365)
転移から1年。世界地図は塗り替えられ、かつての秩序は異世界の地政学という濁流に呑み込まれた。しかし、生き残った男たちは、今日も網の上で焼ける肉の煙の中に、ささやかな安らぎを見出していた。
都内某所の焼肉店。
運ばれてきたのは、豚肉の盛り合わせだ。
「豚肉は不自由しなくなったな。庶民に霜降り牛肉は2~3年後か」
一人が、厚切りのタンを網にのせる。
「鳳凰号の粘りには参ったが、夏将軍の自害は……やはり、この世界の価値観だな。捕虜になるくらいなら、散る。だが、生き残った兵士たちは賢明だった」
「2万人の女性捕虜か。今や地方の農村や建設現場じゃ『女神』扱いだよ。日本の人手不足なんて一発で解消だ」
「朝鮮の『王政復古』には笑ったがな。結局、北も南も、この世界の『名家』というシステムに回帰していく。俺たちの知る歴史とは、もう完全に別物だ」
「まあ、何はともあれ……家族と再会できた奴らは良かったよ。ポートアイランド横の『新アメリカ領』、あそこはもう一つのアメリカそのものだ。3兆円の賠償金で買った自由の地。それとニューサンフランシスコ州はどうなるかな?第七艦隊の乗組員と一緒に暮らせる。それからアメリカ人だけでなく日本人の移民も募っている」
彼らは、ビールのジョッキを合わせる。その背後では、店内のテレビが「今年、日本を訪れる異世界人観光客は1000万人を突破」というニュースを報じていた。
官邸
笑い声が絶えない街の喧騒から遠く離れた総理官邸。
そこでは、国家の存亡を懸けた、さらに「非人道的」で「合理的」な議論が交わされていた。
麻田総理の前に置かれたレポートの表紙には、忌まわしくも救いのある文字が並んでいる。
『Exoworld Vitality Enhancement Program』
「別名、人類補……」
総理が指を組み、顎を乗せて顔を隠す。
「我々は、ついに見出したのだ。
失われた均衡を、再びこの世界にもたらすための方程式を、
我が国の女性より提供された、卵細胞。その核を取り除き、ミトコンドリアのみを残す。
そこへ、異界より来たりし彼女たちの核。幾千年もの淘汰を経た選ばれし遺伝情報を移植する。
そして、日本の男の精子。新たなる魂を彼女たちの胎内へと還す。
父の精、母の卵、もう一人の母のミトコンドリア。
3人の親から生まれる新時代の人類。
新たな世界に適応し、失われた秩序をその身に宿す。
これは単なる生殖技術ではない。
人類史の歪みを修正し、
分断された二つの系譜を統合する、
新たなる創世の儀式だ。
古き人類は、偏りの中で滅びゆく。
だが、新しき人類は均衡の中で繁栄する。
選ばれるのではない。我々が、選ぶのだ。
それこそが人類補・・・」
官房長官が呆れた顔で突っ込む。
「総理、そろそろ秘密結社ごっこを止めてください。」
総理
「すまん。話が大きすぎて現実逃避していた。
大変だよ。世界は今のシステムでかろうじて成立している。男の供給に多少の余裕が出来るのは歓迎されるが、男の価値が下がりすぎれば今の支配階級がもたなくなる。いっそ日本がない方がマシだと核を撃ち込まれるかも知れん。」
官房長官
「男女比は技術的にコントロール出来そうですが、倫理的には漆黒。移民の受け入れ、外への男性の供給量。知ってしまった世界の秘密。綱渡りどころか糸渡りです。」
さらに、異世界からの女性移民を年間数十万人規模で受け入れ、日本の独身男性とマッチングさせる。彼女たちは男性を渇望しており、日本は人口減少に喘いでいる。これは、完璧なパズルのピースです」
総理
「国会で議論すれば、倫理問題で内閣が吹き飛ぶ。宗教団体も黙っていないだろう。
明るみにでれば、世界が吹き飛ぶ。日本だけの問題ではすまない。」
官房長官
「スキャンダルにして野党に政権渡しますか?」
総理
「汚職ならともかく、こんな核爆弾、野党が引き受けるものか。科学者や報道も怖くて手をだせんわ」
総理は窓の外を見下ろした。
1年前、夜明けの海が持ち上がったあの日。絶望から始まったこの物語は、今や「世界の作り替え」という傲慢な高みへと達しようとしていた。
総理
「我々は、神にでもなるつもりか。
男と食料。この世界の人口を縛っていた2つの枷が外れる。
この世界の人口がかっての地球を上回る日も遠くない。
日本の人口でさえ上昇に転じる。」
官房長官
「多くの国で、日本語は第一外国語となるでしょう。
日本文化は世界に広がり、人々の味覚さえ変えていく。
JIS規格は工業の共通言語となり、
円は世界の基軸通貨となる。
そして、日本のDNAとミトコンドリアは、世界中の人々の中に受け継がれていく。
たとえ国家という形がいつか消えたとしても、
広がった文化と血は消えない。
日本は国としてではなく、文明として生き続けるのです。」
外伝、解説が暫く続きます。




