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EP-25 第七艦隊壊滅(Day+180)

「アララトヤマノボレ。繰り返す。アララトヤマノボレ。」

ハワイ、真珠湾。


しかし、それは副艦長のアーサー・ペンドルトン大佐が知る、青い空と観光客の行き交う平和な港ではなかった。


1年前、日本列島と共にこの「パラレルワールド」に転移して以来、世界は狂気に包まれている。この世界の人類は男性が絶滅寸前だった。女性が全人口の99.9%以上を占め、男性は「希少資源」として国家管理下に置かれる歪んだ世界。


そこに現れた数千万人の男性を擁する「現世界」の日本と、世界最強の米第7艦隊。


この世界の「女性アメリカ」は、第7艦隊を「神話の箱舟」と呼び熱狂的な歓迎を持って迎えた。


原子力空母〈ハーバート・W・クリントン〉の艦橋は、奇妙な緊張感と、どこか弛緩した空気に包まれていた。


「……で、司令官と艦長は、その『歓迎式典』とやらに呼ばれたわけだが。」


ペンドルトン副艦長は、眼下に広がる港湾を眺めながら、苦笑交じりに呟いた。


「はい。女性大統領主催の歓迎パーティですよね。」


部下の通信士、スミス上等兵曹がニヤリと笑う。


「まったく、艦長オールドマンたちが羨ましいよ。今頃は、この世界のトップクラスの美人に囲まれて、鼻の下を伸ばしているんだろうな」


「無理もありませんよ、副艦長。上陸した連中の話じゃ、街を歩けば向こうから美女が押し寄せてくるそうですから。まるでハリウッドスターになった気分だって」


「見た目はあっちの方がハリウッドスターだけどな……」


ペンドルトンは顎を擦った。この世界の女性は例外なく美しい。遺伝子操作の賜物か、あるいは男性を選別する過程でそうなったのか。だが、その美しさの裏にある飢えた眼差しを彼は忘れることができなかった。


「俺たちが上陸したらサイン攻めじゃ済まないかもな。……よし、スミス。艦長たちが戻るまでに、艦内の保安体制セキュリティを再確認しておけ。特にこの世界の女性スタッフの立ち入り区域は厳重にな」


「了解です。しかし、副艦長。彼女たちは従順そのものですよ? 我々を神のように崇めている」


「『神』は、時に生贄を求められるものだ」


ペンドルトンは胸騒ぎを覚えながら言葉を返した。


その時だった。


――ズ、ゥゥゥン!!


艦底を揺るがす、重く、鈍い衝撃。


「な、何だ!? 爆発か!?」


艦橋の空気が一変した。ジョークは吹き飛び、兵士たちの顔が引きつる。


〈クリントン〉の巨体が、僅かに傾ぐ。


「報告しろ! どこがやられた!?」


ペンドルトンが怒鳴る。


「……艦底! 第3、第4プロペラシャフト付近で爆発! スクリュー全損、浸水が始まっています!」


「何だと!?」


ペンドルトンは港に目を凝らした。式典に参加していたはずの女性アメリカの護衛艦隊が、奇妙な動きを見せている。〈クリントン〉を取り囲むように、徐々に距離を詰めてきている。


「ダイバーだ……! 歓迎のドサクサに紛れて、スクリューを爆破しやがった!」


彼女たちの目的は破壊ではない。〈クリントン〉の「足」を奪い鹵獲することだ。


「副艦長! 艦内に侵入者! 多数です!」


スミスの悲鳴のような声。


艦橋のモニターに艦内の様子が映し出された。ペンドルトンは、自分の目を疑った。


「……何だ、あれは」


そこに映っていたのは全裸の女性たちだった。


彼女たちは武器を持たず、防具も身につけず、ただの全裸で信じられない速度で艦内を疾走していた。


「な、全裸……? 狂ってる!」


兵士たちが動揺する。男性兵士にとって、全裸の美女は攻撃対象として認識しづらい。その一瞬の躊躇バイアスこそが彼女たちの狙いだった。


しかし、彼女たちはただの女性ではなかった。この世界の超人女性だ。


――パァァァン!!


モニターの中で、スタングレネード(音響閃光弾)が炸裂する。


乗務員たちが悲鳴を上げて目を押さえる。彼女たちは自らの視覚と聴覚を一時的に遮断する訓練を受けているのか閃光の中を構わずに突進する。


そして、格闘戦。


彼女たちの動きは、洗練された格闘技そのものだった。現世界の兵士たちのパンチやキックを紙一重で見切り、関節を極め、首を絞め、次々と無力化していく。


「彼女たち……強い! まるで特殊部隊だ!」


「副艦長! 第2デッキ制圧! 第3、第4デッキも突破されました! 目標は艦橋と原子炉リアクターです!」


ペンドルトンは拳をコントロールパネルに叩きつけた。


「司令官も艦長もあのパーティで拉致されたに違いない。……ビッチども、俺たちを最初から『種馬』にするつもりだったんだ!」


彼女たちの「歓迎」はすべてこの瞬間のための演技だった。男性資源を、技術を、この空母ごと奪い取るための。


艦橋のドアの向こうから、銃声と肉体がぶつかり合う音が聞こえ始めた。


ペンドルトンは、覚悟を決めた。


「スミス、全艦に通達。……自沈処理を開始しろ」


艦橋にいた全員が、副艦長を振り返った。


「副艦長、しかし……!」


「この最強の空母をビッチの玩具にさせるわけにはいかない。アメリカの誇りをビッチに渡すな」


ペンドルトンは静かに、しかし、断固とした口調で命じた。


「原子炉を緊急停止スクラム。キングストンバルブ(海水注入弁)を開け。隔壁を開放で固定、避難が済み次第指定ブロックの時限爆弾を起動。全記録を去去デリート。……自沈処理が完了したら、生存者は全員、直ちに降伏しろ。彼女たちは男性を殺さない。……生きて、屈辱を耐え抜け」


「……了解、しました」


スミスは、涙を浮かべながらキーボードを叩き始めた。


ペンドルトンは、通信機器を手に取った。


「こちらパールハーバー、第7艦隊旗艦〈クリントン〉。在日米軍司令部、および日本政府に緊急通報。……我々は、女性アメリカに裏切られた」


彼は通信の向こう側に自分たちの無念を伝えた。


「奴らは歓迎を偽り、卑劣なだまし討ちで第7艦隊を無力化した。現在、艦内は全裸の工作員により制圧されつつある。……我々は艦を敵の手には渡さない。自沈を選択する」


通信を終えたペンドルトンは、艦橋の窓から他の艦を眺めた。


イージス駆逐艦、巡洋艦……。


それらの艦も傾き始め煙を上げている。第7艦隊は今、真珠湾で二度目の、そして最も屈辱的な壊滅を迎えようとしていた。


「……クソったれな女どもが」


ペンドルトン副艦長は艦橋のドアが内側から爆破される音を聞きながら最後の悪態をついた。


ドアが吹き飛んだ。鋼鉄の扉が内側へ歪み、爆風とともに艦橋へ転がり込む。白煙の中から影が躍り出た。


女だ。しかも、一人や二人ではない。


ペンドルトンの視界に複数の人影が同時に飛び込んでくる。全裸。だが、その肉体は彫刻のように引き締まり無駄がない。視線を奪う美しさと兵器としての完成度が同居していた。


――パァァァン!!


白光が炸裂した。視界が焼き付く。鼓膜を叩き割る衝撃音。平衡感覚が崩れ艦橋の床が傾いたように感じる。


「ぐっ……!」


ペンドルトンは咄嗟に目を閉じ体を低くした。だが完全には防げない。耳鳴りが止まらない。


その混乱の中で彼女たちは動いていた。


速い。異様なまでに正確だ。


最初に突入した個体が、まだ立っている水兵に一歩で間合いを詰め、腕を取る押し倒す。悲鳴。次の瞬間には後ろから別の女が飛び出す。


銃を構えようとした兵士の手首を叩き、銃を落とさせる。顎への一撃。沈黙。ためらいが一切ない。


ペンドルトンは歯を食いしばった。


(想定以上だ……これはただの奇襲じゃない。完全に研究されている)


男が女に対して一瞬躊躇する。その心理的遅延。非致死兵器の使用で致命的反撃を抑える設計。


すべてが、計算されている。


艦内照明が一瞬明滅し、非常灯に切り替わる。赤い光が艦橋を染めた。


同時に、低い振動音。海水が流入し始めている。ペンドルトンは短く頷いた。


「よし……」


その瞬間、正面に一人立った。他の個体とは明らかに違う。


指揮官個体――直感がそう告げる。


彼女はゆっくりと歩み寄りペンドルトンの前で止まった。


彼女は口を開いた。


「……降伏を確認したい」


流暢な英語だった。


ペンドルトンは苦笑した。


「確認するまでもないだろう。もう終わりだ」


周囲では、最後の抵抗が潰されていく音がする。銃声はほぼ消え、代わりに拘束具の締まる音が響く。


彼女はわずかに頷いた。


「乱暴にしたことを詫びる」


その言い方に、感情はほとんど含まれていない。


ペンドルトンは吐き捨てるように言った。


「歓迎式典とやらは見事な演出だったな」


「歓迎してるのは本当。御馳走も用意した。牡蠣、ステーキ、アスパラガス、スッポン。チョコレートもあるぞ」


その言葉に、怒りよりも冷たい理解が先に来た。


「……俺たちは資源か」


「空母より貴重な最重要資源」


ペンドルトンは一瞬、目を閉じた。


遠くで再び大きな爆発音。


別の艦が限界を迎えたのだろう。


艦橋の窓の向こう、港の景色はすでに戦場だった。煙。傾く艦体。漂う油膜。

彼はゆっくりと目を開けた。


完全な作戦だ。第七艦隊は、港の中で解体されている。


戦闘ではない。捕獲。


ペンドルトンは肩の力を抜いた。


「スミス」


「……はい」


床に押さえつけられながら、スミスが応じる。


「生き延びろ」


それだけだった。


スミスは歯を食いしばり、頷いた。


「了解、サー……」


指揮官の女が一歩近づく。


「拘束します」


「好きにしろ」


ペンドルトンは抵抗しなかった。


腕を後ろに取られ、拘束具が締まる。冷たい感触。


だが、その手つきは妙に丁寧だった。


まるで壊れ物でも扱うように。


(……なるほどな)


最後の皮肉が、頭をよぎる。


「……とんだ、女神様だ」


誰にも聞こえない声で呟く。


外では、静かに、巨大な空母が沈み始めていた。

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