日本の目的地
NASA指令室。
巨大なスクリーンに、月面の映像が映し出されていた。
灰色の大地。
黒い空。
そして、その中央に立つ一人の宇宙飛行士。
「……ラヴェル、着陸を確認」
管制官の声が震えた。
数秒の沈黙。
次の瞬間、指令室が歓声に包まれた。
「やった!」
「月面着陸成功!」
「メリケンの勝利!」
誰かが拳を突き上げる。
誰かは隣の管制官と抱き合った。
少なくとも、この世界の人類として初めて月面に立った。
ドロシー大統領も、スクリーンを見つめたまま小さく息を吐いた。
その隣ではシモーヌが笑っている。
キャロルも、ようやく肩の力を抜いた。
「……成功した」
キャロルが呟く。
「ええ」
シモーヌが答えた。
「少なくとも、ここまでは」
その言葉が終わる前だった。
ドロシーのスマホが、緊急モードの着信音を鳴らす。
イヤホンを刺して耳に当てるドロシー
短い通話を終えると幹部を集めた。
ドロシー
「ハワイの月面レーザー照射に対して、アポロ15がモールスで返信したの。
COME TO ME MONOLITH
その後も、こちらのモールスでの質問に、YES、NOで回答を返してきてるらしいわ。
アポロ15にモールス信号で通話出来る何かがいるってね」
「モノリス……何でしょうか?」
その名前を聞いた瞬間だった。
別の管制官が叫んだ。
「日本の月兎です!」
全員が振り返る。
「軌道が変わっています!」
月面軌道のシミュレーションがスクリーンに表示される。
青い線。
日本の月兎の軌道。
数分前まで、予定されていた軌道を飛んでいた。
だが今は違う。
軌道が緩やかに変化している。
その先にあるもの。
アポロ15号。
「……交差します」
管制官が呟いた。
「月兎の新しい軌道は、アポロ15号の着陸地点を通過します」
誰かが時計を見る。
「何分後?」
「最接近まで――」
計算が進む。
「約40分です」
誰も言葉を発しなかった。
ドロシーは、月面の地図を見つめた。
日本の性急な月面着陸計画。
月兎の突然のアポロ15への軌道変更。
アポロ15号からのモールス信号。
モノリスを名乗る知性体。
日本上空で発生してる謎のプラズマ。
全部つながった。
日本はアポロ15でモノリスなる知性体と接触しようとしている。
ドロシー
「ワイバーンは?」
シモーヌが答えた。
「月兎の進路変更に合わせています。後方10分の位置で追跡中」
ドロシー
「……日本は、あれと接触するつもりなのね」
ドロシーは椅子から立ち上がった。
「キャロル、帰還ポッドの月面強行着陸。パイロットの生存率は?」
キャロルが一瞬、言葉を失った。
「月面には空気が無いのでパラシュートは役に立ちません。墜落です。
ブースターの燃料を使い切ったとしても、地表に時速80kmで激突します。
最後は急造エアバッグと、断熱バルーンの機体クラッシャブル構造に賭けるしかありません」
ドロシー
「優秀なスーパーガールなら生存出来る可能性は高い。でも、大けが、死んでもおかしくない。
帰還手段はない。日本が連れて帰ってくれなかったらジ・エンド。本当に最低の決断だわ」
ドロシーは、スタッフ全員に聞こえるように大声で指示した
「キャロル、アポロ15への強硬着陸を準備して!
モノリス上空を通過するまで40分ちょっとしかないわ」
キャロルは何も言わず、管制席へ戻った。
指令室の空気が変わる。
先ほどまでの祝勝ムードは、完全に消えていた。
月面への危険な強行着陸。
ドロシーは通信席へ歩いていく。
「ニナ・アームストロング大佐を呼んで」
通信が接続される。
数秒後。
スクリーンにワイバーンのコックピットが映し出された。
「ニナ・アームストロング大佐」
「私は中佐ですけど」
ドロシーは一度だけ息を吸った。
「今、昇進させました。あなたの命を、私が預かります」
ニナの表情が変わる。
「……大統領?」
「今から40分後」
ドロシーの声は低く、明瞭だった。
「帰還ポッドで月面へ強行着陸してください」
ニナは一瞬、理解できなかった。
「着陸地点は?」
「アポロ15号」
沈黙。
「……アポロ15号?」
「そうです」
ニナの目が細くなる。
ドロシーは続けた。
「日本の月面着陸計画には、我々が把握していなかった目的があります」
スクリーンに月兎の軌道が表示される。
その先にアポロ15号。
「日本は、あそこに存在する知性体との接触を試みています」
ニナは画面を見る。
「知性体……」
「モノリスを名乗る存在です」
ニナの表情が硬くなる。
ドロシーは続けた。
「あなたには、日本とモノリスの接触に介入してもらいます」
「介入……?」
「ええ」
ドロシーは大統領としての顔を見せた。
「合衆国大統領、軍最高指揮官としての絶対命令です」
ニナは黙って聞いている。
「月面でのあらゆる行動を、私の責任において許可します」
ドロシーの目が、まっすぐニナを射抜く。
「あなたが必要だと判断したことは、すべて実行して構いません」
ニナは一瞬だけ目を閉じた。
そして、開く。
「……了解しました」
「ニナ。第7艦隊の乗組員全員と交換してでも、あなたを取り戻します」
「はい」
「日本にしがみついてでも、戻って来て」
ニナは敬礼する。
「了解」
通信が切れた。
NASA指令室に静寂が戻る。
スクリーンには、月兎。
その約十分後方を飛行するワイバーン。
さらにその先。
アポロ15号。
誰も知らなかった。
日本が何を知っているのか。
モノリスが何者なのか。
ただ一つだけ。
日本は、もう止まらない。
そしてアメリカもまた、止まることができなくなった。
人類が初めて未知の知性体と接触する、その瞬間を。
日本だけに渡すわけにはいかなかった。
月面接触まで、残された時間は、28分だった。




