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強行着陸

ヒッチハイクボード

https://img1.mitemin.net/4e/im/ivjxec6t83lfhtvvf3eq4fj55zuz_xvo_16o_sg_ghjw.jpg

ニナは、深いため息をついた。

そして、最後に残しておいた抹茶羊羹を口に入れた。

甘い。ほんの少しだけ、落ち着いた。


次に、ニナは壁に貼ってあったヒッチハイクボードを剥がした。

https://img1.mitemin.net/4e/im/ivjxec6t83lfhtvvf3eq4fj55zuz_xvo_16o_sg_ghjw.jpg


「……まさか、これが、本当に必要になるなんて」


ニナはボードを丸め、帰還ポッドの中へ放り込んだ。


宇宙服は着用済み。

ヘルメットも装着。

シートに身体を滑り込ませ、ハーネスを固定する。


座席周辺に膨らませたバルーン固定してクッション代わりにする。

コクピットの隙間を出来るだけ埋める。

衝撃を吸収できる保証などない。

気休めだ。


ドラゴンの空中分解。


サラマンダーの爆発事故。


そして今度は――


地球帰還用ポッドで月面着陸。


ニナは計器を見ながら、小さく呟いた。


「……高度百キロからのバンジージャンプ。命を預けろって、後から使うセリフじゃないよね」


カウントダウンが始まった。


ポッドが固定装置から切り離される。


一瞬、身体が浮いた。


灰色の巨大な球体が、窓いっぱいに広がっていく。


機体が姿勢を変える。


地球が視界から消えた。


切り離されたポッドが、月面へ落ちていく。


月面まで、約100キロ。


役に立たないパラシュートは展開して、すぐに切り離す。


ポッドが落下を続ける。


ニナはブースターを点火した。


速度が落ちる。


ブースターの燃料を使い切る寸前まで噴射する。


岩場を避け、平坦で砂が厚そうな場所を目指して、スラスターを噴かす。


ポッドが横滑りする。


ニナはシートに深く身体を押しつけた。


両足を踏ん張る。


コンソールに両手をつく。


そして、息を吸った。


「……来い」


地面が迫る。


――衝撃。


巨大な砂煙が巻き上がる。


ポッドの底部の遮熱バルーンが潰れる。


クラッシャブル構造が砕ける。


ポッドは跳ねずに砂にめり込んで止まった。


静寂。


ニナは動かなかった。


数秒。


十秒。


「…………」


指を動かす。


足。


腕。


首。


全部、動く。


「生きてる」


自分に言い聞かせるように呟いた。


腰が痛い。


肩も痛い。


そして右膝が猛烈に痛かった。


「……痛いってことは、生きてる」


ヘルメットの中で、ニナは顔をしかめた。


ハッチを開ける。


外へ出る。


月面の砂が、足元から崩れた。


「うわっ!」


ニナは慌てて身体を伏せた。


ポッドが作った小さなクレーターが、まるで蟻地獄のように崩れていく。


ニナは這うように斜面を登った。


靴が砂に沈む。


何度も滑りながら、ようやく縁まで這い上がった。


そして――


見えた。


約1キロ先。


日本の月面着陸船。


そのさらに500メートルほど先。


黒い石碑。


周囲の灰色の月面とは、明らかに異質な黒。


ニナは立ち上がった。


「……あれが目標」


モノリス。


NASAが、何十年も追い続けてきたわけではない。


ついさっきまで、存在も知らなかった。


それなのに、2つの国家が同時にそこへ向かっている。


ニナは砂に足をとられた。


まともに走れない。


砂の少ない場所を選ぶ。


岩から岩へ飛び移る。


改良されても、宇宙服が重く動きにくい。


膝が痛む。


それでも進む。


日本の着陸船の横を通過した。


そこでニナは足を止めた。


人影がある。


日本の宇宙飛行士。多分、若狭さん。


その宇宙飛行士が、何かを感じたように振り返った。


距離がありすぎて、相手の表情までは分からない。


向こうも、自分の存在に気づいた。


日本の宇宙飛行士が、ゆっくりとモノリスへ向き直った。


そして――


黒い石碑に手を伸ばした。


ニナは息を呑んだ。


「待って……」


届かない。


あと400メートル。


日本の宇宙飛行士の手が――


モノリスに触れた。


その瞬間を、ニナは見た。


人類が初めて未知の知性体に触れる瞬間を。


自分は、それを止めるために来たはずだった。


なのに。


たった1分、遅かった。


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