大統領の悩み
ホワイトハウス、大統領執務室。
執務室には、ドロシー大統領、国務長官ナンシー、大統領補佐官キャサリンの3人だけが残っている。
大型モニターには、月へ向かう2つの光点が映し出されていた。
1つはメリケンの月航行船――**ワイバーン**。
そして、そのわずか2時間後に地球を離れた、日本の月航行船――**月兎**。
2隻は、ほぼ同じ軌道をたどりながら月を目指していた。
キャサリンがモニターから目を離さずに言った。
「月へは我々が先に着きます」
ドロシーは静かに頷いた。
「ええ。それはいいことよ。結局、追加の無人探査機は南極にしか送れなかった」
彼女は月面地図を指先でなぞる。
「アルテミス計画の南極基地を確認できたのは大きな成果。でも、日本の本当の目的地はどこ?」
画面には、いくつもの印が表示されている。
アポロ11着陸地点。
謎の月着陸船「KAGUYA2」と旧世界の月面車「ルナクルーザー」。
そして、南極基地。
「それとも……私たちの知らない場所があるのかしら」
キャサリンは資料をめくった。
「今回、月面へ降りるのは双方とも一人です。活動時間も最大8時間。南極基地を本格的に探索するには短すぎます」
ドロシーは即座に答えた。
「分かってるわ。合理的に考えれば、今回はKAGUYA2。南極基地は次回。それが自然な判断よ。
でも、もし目的が最初から決まっているなら、8時間でも十分。必要なものだけ回収して帰ることはできる」
ナンシーが口を開いた。
「まさか、日本は後をつけられたくないから、わざと我々を先に行かせた……と?」
ドロシーは苦笑した。
「そこまでは思いたくないわね」
そして、少しだけ間を置く。
「もちろん、最終手段はある。でも、それをやったら北中国の誰かさんと同じよ。
指揮官として最低だわ」
静かな沈黙が流れた。
やがてキャサリンが新しい資料を差し出す。
「ハワイのハレアカラ観測所から報告です。
日本が月面へ設置したコーナーキューブのレーザー反射実験は、明日から開始できます」
「それから、大型受信機の試験運転中、日本上空で短時間のプラズマ発光を観測しました」
「プラズマ発光?電離層が?」
「はい。昨日から24時間で58回。いずれも月が日本列島のほぼ真上に位置する時間帯です」
執務室の空気が少しだけ張り詰めた。
「いつから観測されたの?」
「ハレアカラで月面観測設備を本格稼働させた直後です。最初は受信機の異常を疑いましたが、複数の装置で同じ現象を確認しています」
ドロシーは腕を組んだ。
「怪しいわね」
短く言い切る。
「艦隊のレーダーでも、宇宙監視網でも何でも使って。可能な限り情報を集めて」
「了解しました」
ナンシーが別の資料を開く。
「もう1点。漢とフランクを中心に、『宇宙条約』制定の提案が始まっています」
「内容は?」
「宇宙の平和利用、活動の透明性、遭難時の相互支援、科学データの公開、歴史的遺産の保護などです」
ドロシーは静かに頷いた。
「各国の反応は?」
「日本は大枠で賛同しています。現在、賛同国は20か国を超えました」
「思ったより早いわね」
ドロシーは小さく息を吐く。
「月へ向かう競争は始まったばかりなのに、もうルール作りまで始まるなんて」
そして立ち上がり、窓の向こうに浮かぶ月を見つめた。
「本当に大変ね」
静かに微笑む。
「明後日の月着陸は、パトリック空軍基地で見るわ」
ナンシーとキャサリンが顔を上げる。
「それから、日本の村上総理との会談を早めに調整してちょうだい」
「月から帰ってきた直後でも構わない。話を聞かなければならないことが、山ほどあるもの
特に日本の月兎が何を”Get”したのかを」
二人は静かに頷いた。
窓の外、高く昇った月は何も語らない。
その静かな光の下を、2隻の月航行船が、わずか2時間の差で同じ目的地へ向かっていた。




