月へのカウントダウン
夜明け前のフロリダ。
パトリック空軍基地の発射台は、巨大な投光器に照らされ、白い蒸気を静かに吐き続けていた。
六時間前。
月航行船「ワイバーン」を構成する最後の大型部材を運ぶリバイアサン4号機は、青白い炎を引いて夜空へ消え、予定通り低軌道への投入に成功していた。
残る工程は一つ。
ニナ・アームストロング中佐とラヴェル・カーター少佐を乗せたサラマンダーを送り込み、軌道上で最終点検を終えれば、メリケンの月計画も完成する。
大型モニターには、カウントダウンが映し出されていた。
「10秒前」
キャロルは腕を組み、静かにモニターを見つめている。
シモーヌは管制卓の横で、小さく息を吐いた。
「ここまで来たわね」
キャロルは短く答えた。
「ええ、日本より先に月に行けます」」
ニナはヘルメットを抱えながら笑う。
「今度は爆発しないわよね?」
Dr.フーが肩をすくめる。
「そのために五百本以上打ち上げた。場数は裏切らない」
スピーカーから自動音声が流れる。
「ゼロ」
轟音。
サラマンダーが炎を噴き上げ、ゆっくりと発射台を離れた。
「上昇正常」
「ブースター分離」
「誘導正常」
管制室には次々と報告が飛び交う。
数分後。
「軌道投入」
キャロルが静かに頷いた。
「回転数」
「毎分31回」
「姿勢安定」
キャロルはようやく笑顔を見せた。
「よし」
30分後。
地球を見下ろしながら、サラマンダーは日本の宇宙ステーション付近を通過していた。
窓の向こうに巨大な構造物が見える。
「あれ……」
ニナが思わず声を漏らした。
「日本のステーション」
その少し先には、さらに巨大な宇宙船がゆっくりと地球を周回している。
中央の居住モジュールから長いトラスが伸びている。
「あっちも完成間近ね」
ラヴェルが見入る。
「あの中に若狭さん達がいるのかな」
「たぶん」
通信はしない。
互いに20キロしか離れていない。
それでも、それぞれ別の任務がある。
サラマンダーは静かに日本ステーションを追い越していった。
十分後。
ワイバーン。
巨大なハッチが開き、サラマンダーがゆっくりと接近する。
「相対速度0.02」
「位置良し」
ワイバーンの近くでサラマンダーのカプセルを停止させる。
「ようこそ」
組み立て担当の宇宙飛行士が笑顔で迎えた。
ニナも笑う。
握手が交わされる。
「状況は?」
「98パーセント完成」
「後は最終点検だけ」
ラヴェルは船内を見回した。
まだ配線が剥き出しの場所もある。
工具箱が浮き、壁にはチェックリストが貼られていた。
まるで完成直前の造船所だった。
「やっぱり狭い」
「月まで3日だからね」
「潜水艦の方がマシかも」
笑いが起きる。
キャビンでシステムチェックを進めていると、一人の宇宙飛行士が冗談交じりに言った。
「帰りのカプセル壊して、日本ステーションへ泊まりに行くか?」
ニナは吹き出した。
「また居候?」
「今度は宿泊費も払わなきゃ」
ラヴェルも笑う。
「働き者の美女二人って自己申告は、もう通用しないわね」
「あの日本人達、歓迎してくれそうだけど」
「歓迎はしてくれる。でもキャロルに怒られる」
全員が笑った。
その時だった。
レーダーが日本の燃料タンクの通過を知らせる。
望遠カメラの映像。
全長二十メートル近い銀色のタンク。
「日本の燃料タンクだ。」
誰かが呟いた。
静かに日本の月航行船へ向かっていく。
ニナはその姿を目で追った。
「あれで完成ね。」
組み立て担当が頷いた。
「向こうも、こっちも。」
そしてこちらでは、ワイバーンの最終点検が始まる。
二隻の月航行船。
二つの国家。
互いを意識しながらも、通信はない。
競う相手であり、同じ夢を追う仲間でもあった。
ラヴェルが静かに地球を見つめる。
「次に並ぶのは……。」
ニナが続けた。
「月だね。」
誰も否定しなかった。
青い地球を背景に、日本の月航行船とメリケンのワイバーンは、わずかな距離を隔てて静かに周回を続けていた。




