出発前
パトリック空軍基地。
朝の澄んだ空気の中、格納庫前では小さな昇進式が行われていた。
「本日付をもって、ニナ・アームストロング少佐を空軍中佐に、ラヴェル・カーター大尉を空軍少佐に任命する」
肩章が付け替えられる。
拍手が起きた。
---
ブリーフィングルーム。
巨大な工程表の前に、キャロル、シモーヌ、Dr.フーらが集まっている。
壁には大きく表示されていた。
**日本月面出発予定まで あと3日。**
キャロルが状況を説明する。
「リバイアサン1号機、2号機は予定通り軌道投入成功。
3号機は第二段エンジンの異常で軌道投入失敗」
「予備として準備していた4号機を、明日打ち上げます。」
シモーヌが続けた。
「軌道上では四名の宇宙飛行士が組み立て作業を継続中です。」
モニターには、無重量空間で巨大な月航行船を組み上げる映像が映る。
「明日の打ち上げが成功すれば、日本より数時間早く月へ向かえます。」
ニナが尋ねる。
「失敗したら?」
キャロルは短く答えた。
「日本の勝ち。」
午後。
宇宙服試験棟。
新型月面服が並んでいる。
以前より一回り細い。
関節部も滑らかで、人間らしい動きができる。
ニナが腕を回した。
「ずいぶん動きやすくなった。走れそうなぐらい」
技術者が頷く。
「可動域は三割向上しました」
ラヴェルは再突入カプセルの模型を眺めている。
「今回は随分豪華ね」
技術者が説明した。
模型の外壁が膨らむ。
白い巨大なバルーンが機体を包み込む。
「パラシュートだけではありません。
耐熱シールド兼エアバッグです。
逆噴射も追加しました。海だけでなく、平地へも着陸可能なハズです」
ニナが笑った。
「ちゃんと海に着水するけどね」
格納庫へ戻る途中。
二人は完成したカプセルを見上げた。
船体の側面に、赤い文字が書かれている。
If this capsule shows up at your station...
please let us stay for a few days.
Payment: Two hardworking, beautiful women.
ニナは額を押さえた。
「縁起でもない」
キャロルが平然と答える。
「幸運のおまじないよ」
ラヴェルが笑いをこらえながら続けた。
「今度は宿泊費まで書いてある。
働き者の美女二人だって」
ニナはため息をついた。
「あれは楽しい思い出だったけど……もう居候は嫌」
「同感」
二人は同時に頷いた。
キャロルは悪びれる様子もなく言った。
「ダクトテープも、いる?」
ラヴェルがふと思い出したように言う。
「そういえば、日本の宇宙ステーションを国際宇宙ステーションにする話が出てるそうね」
ニナの表情が少し明るくなる。
「実現したら行きたい」
「競争率、とんでもないでしょうけど」
「だろうね」
少しだけ沈黙。
「あそこ、居心地良かった」
「食事も美味しかったし」
「それに……」
二人は同時に笑った。
「男がいる!」
---
その頃。
日本宇宙ステーション。
若狭は窓の向こうでゆっくり回転する宇宙船を眺めていた。
「明後日の打ち上げで最後だな」
野田が頷く。
「燃料タンクを取り付ければ、いよいよ月へ出発」
若狭は腕を組んだ。
「なあ」
「ん?」
「モノリスって未来のAIらしいけど、ChatGPTやGeminiと何が違うんだろうな」
野田は工具を片付けながら答えた。
「当然、もっと賢いだろ」
「画像も音声も出るかな」
「たぶん」
若狭は窓の外を見た。
「月でも声、聞こえるかな」
「知らん」
野田は笑う。
「電波飛ばしてくるかもしれんし、USB端子が付いてるかもしれん」
若狭が吹き出した。
「スマホ持ってくりゃ良かった」
「99パーセント圏外だ」
「1パーセントあるの?」
「モノリスのWi-Fi」
二人は声を上げて笑った。
笑いが収まると、若狭がぽつりと言う。
「メリケンはニナちゃんとラヴェルちゃんらしいな」
「出発日も同じくらいになりそうだ」
「あの二人がいた時は楽しかったな」
「賑やかだった」
少し静かになる。
若狭が言う。
「モノリスが終わったら、このステーションは国際化するか、月への中継基地にするか決めるらしい」
野田は首を振った。
「いや」
「ん?」
「もう一つ造るんじゃないかな」
「理由は?」
「メリケンだけじゃない。他の国まで宇宙に本気を出し始めた」
若狭はゆっくり頷く。
「確かに」
二人は窓の向こうを見た。
その先には、静かに輝く月。
野田が静かに言った。
「何にしても、先ずはモノリス」
若狭も頷く。
「他の話は、その後だ」




