月面輸送型、軌道投入確認
総理官邸。執務室。
夜の10時を過ぎていた。
テレビの画面には、種子島から打ち上げられたH3-34Mが、夜空を切り裂いていく映像が繰り返し流れている。
村上が呟いた。
「成功ですよ。後2回の打ち上げで月へ届きます」
直子が静かに答えた。
「月面輸送型、軌道投入確認。これでシステムは完成です」
和泉が口を開いた。
「それにしても、消費税12パーセント、ガソリン増税、給付金、自動車重量税の減税——あれだけの政策パッケージが、あんなにスムーズに通るとは思いませんでしたよ」
「信じられませんでしたか」
「ええ。私が野党にいた頃なら、消費税2パーセントの増税だけで、何ヶ月も引っ張れた。それが、あっさり通った。
理由は分かります?
なろう!の仕組みですよ。当選回数が多くても、個人票が少なければ発言力がない。党への反対が目立てば、次の選挙で同じ選挙区になろう!から別の候補が立つ。共倒れを恐れて、みんな抑えた」
直子が静かに言った。
「それだけじゃありません。民自党が協調しているから、党内で反対派が多少出ても結果に影響しません。反対したところで何も変わらないなら、目立つ損だけ残ります
政治家は合理的ですから、反対する理由がなければ、反対しない」
和泉がぽつりと言った。
「マスコミも大人しかったですね。コンビニから新聞と週刊誌が消えた件でしょうか」
村上が答える。
「ビビったんでしょう。オペレーションの負担の問題だと分かっていても、タイミングが良すぎた。政権からの圧力を疑ったみたいです」
「実際のところ、何もしていません。
ただ、結果として、つり革広告がなくなって、週刊誌が何を書いているか知らない人が増えた。
SNS事業者も不確かな記事の拡散に神経質になっている」
和泉が苦笑交じりに言った。
「あれはエグイ。総理の1円訴訟が効きましたね。現役の総理がSNS事業者相手に裁判おこすなんて」
村上は淡々と答えた
「すぐに和解して取り下げましたよ。
ただ、その代わりに記事のピックアップアルゴリズムを変えさせた。
SNS業者のリスクヘッジですよ。不確かな記事の拡散に協力したなんて責任とりたくない」
直子が続けた。
「広告は収入ですが、記事のピックアップはちがいます。不確かな記事を拡散させても利益がありません」
和泉は少しだけ目を細めた。
「ただ、効果は絶大だった」
「それは結果論です」
三人の間に、短い沈黙が落ちた。
村上が話題を変えた。
「月関連予算の増額が決まりましたね」
「アポロ11をメリケンまで確認したことが大きかった。民自党の後押しもありましたが」
直子が資料を開いた。
「これで年3回の有人月面着陸が可能になります」
「モノリスと接触したら何がおきるのか?、何を語るのか?」
村上は天井を見上げた。
「宇宙ステーションのラグランジュ点への移動も検討させましょう。
月と地球の中間。中継拠点として使えます」
和泉が湯呑みを持ったまま言った。
「村上さん。就任してからもうすぐ90日です。政権崩壊、まだですね」
村上は少し笑った。
「まだです。でも、モノリスまではもちそうですね」
和泉は立ち上がり、軽く一礼した。
「お先に失礼します。明日の委員会の準備があるので」
残った村上と直子は、しばらくテレビを見ていた。
「直子さん。月に何があると思いますか」
「分かりません。ひょっとしたら、知らない方がいいことかも知れません。」
窓の外には、夜空が広がっていた。
その空の向こうに、月がある。




