月面探査計画
東京、総理官邸。会議室。
村上総理
「半年後の月面着陸計画。各国から共同実施と費用分担の打診が相次いでいます。
全ての打診に、ほぼ同じ文言が入っています。『月面における発見物の情報共有』」
モノリス計画責任者の川島は、眼鏡を押し上げながら答えた。
「見つけたものは公表できます。アポロ11の着陸船、日本の無人探査機が立てた日の丸。これは既に公表済みです。
問題は見つけていないもの。リストはありません」
村上は小さく息を吐いた。
「つまり、日本が何かを隠しているかどうか、外から証明する方法がない。
疑っている国は疑い続ける。証明のしようがない以上」
直子が静かに言った。
「メリケンも同じ疑いをかけられています。日本とメリケンで月の秘密を独占させたくない、という空気が各国に広がっています」
村上
「当面はかわすしかないね。着陸できるのは一人だし、宇宙船も二人乗りだ」
沈黙。
川島が資料を広げた。
「打ち上げシステムの現状報告をします。来週のH3-34Mの打ち上げが成功すれば、システムは完成と見ていいでしょう」
壁のモニターに、ロケットの諸元が映し出される。
H3-34M「月面輸送型」
全長75メートル。全備重量900トン。
推力合計1660トンf。
LEO投入能力28トン。
「1回の打ち上げで120億円。月航行船、着陸船、燃料タンクをそれぞれ1回、計3回。別便のイプシロンで交代パイロットと部品・物資が4回。大小合わせて7回を2ヶ月で打ち上げます」
直子が数字を確認するように繰り返す。
「7回で840億円」
「はい。着陸船は1名オペレーション。月面活動時間は最大8時間。月面から100キログラムの重量物を持ち帰れます。
パイロットは、着陸を若狭、サポートは野田を最終候補として絞り込んでいます」
「モノリスは何を語るのかな」
ホワイトハウス、大統領執務室。
ドロシーは窓の外を見たまま、しばらく口を開かなかった。
やがて、独り言のように言った。
「アポロ11号」
ナンシーが静かに聞く。
「大統領?」
「この世界に、アポロ11号があった」
ドロシーはゆっくりと振り返った。
「メリケンと旧世界アメリカ。男女比も、人種構成も、国家成立の経緯も、全部違う。なのに」
彼女は資料を手に取った。
「文化の共通点が多すぎる。スラング、会社名、商品名。一致しているものさえある。州の名前、都市の名前、そっくりなものが並んでいる」
ナンシーが慎重に言う。
「一度世界が滅びかけて、再建したという仮説もありますが」
「そこまで似るわけがないわ」
ドロシーは即座に否定した。
「文明が滅んで再建したら、言語が変わる。地名が変わる。会社名が偶然一致するなんて、ありえない」
「では」
「パラレルワールドでもない。それなら逆に、もっと違うはずよ」
沈黙。
ドロシーはタブレットを置いた。
「シモーヌ」
シモーヌが顔を上げる。
「リバイアサンの現状は」
シモーヌは資料を開いた。
「能力は日本のH3-34Mと互角です。月航行船、着陸船、燃料で3回。組み立て支援にヒュドラ2機。パイロット用のサラマンダーが追加で必要です」
「打ち上げ成功率は」
シモーヌは少し間を置いた。
「70から80パーセントと予想します。信頼性で日本に劣ります」
「理由は」
「実績の差です。日本は長年の積み上げがある。我々は急造した部分が多い」
ドロシーは頷いた。
「航行船の構成は」
「キャビンを作業拠点に流用します。ただし、パイロットと作業員の体力を考慮すると、軌道上での組み立て作業は2週間交代が必要です」
「つまり、時間がかかる」
「はい。日本のシステムより組み立てに時間を要します」
ドロシーは立ち上がり、窓の外を見た。
「リバイアサンを10機用意してちょうだい。船体は各3セットずつ」
シモーヌが目を見開く。
「10機……」
「失敗したら原因究明は後回し。3日以内に再発射。それを繰り返す」
「……了解です」
「それから」
ドロシーは振り返った。
「アポロ11付近に無人探査機をあと2回。可能なら3回出して」
ナンシーが静かに聞く。
「理由は」
「日本が発見したものを、我々が見逃しているかもしれないから」
ドロシーは淡々と続けた。
「せっかく先に月に着いても、その後で日本が月の秘密基地からパソコンを持って帰ってきたら、こっちがピエロよ」
ナンシーが少し笑った。
「パソコン、ですか」
「何でもいいわ。要するに、向こうが何かを知っていて、こっちが知らない状態が続くのが一番まずい」
シモーヌが資料を閉じながら言った。
「大統領。一つ聞いてもいいですか」
「何」
「アポロ11が存在したことで、大統領は何を考えていますか。技術的な話ではなく」
ドロシーは少し間を置いた。
「この世界が、誰かに設計されたものだとしたら」
「設計」
「そうよ。偶然じゃ説明できないことが多すぎる。アポロ11が存在する。文化が一致する。日本列島が転移する。男女比が崩れる」
ドロシーは窓の外を見た。
「全部がつながっているとしたら、設計者がいるはずよ」
「それが――」
「月にいる何かだとしたら」
執務室が、静まり返った。
ドロシーはタブレットを手に取り、ディアナ・プロジェクトの最新報告書を開いた。
「答えを知りたいなら、月へ行くしかない」
窓の外では、冬の空が青く澄んでいた。




