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女房役

「麻田さん。直子お嬢さんを、僕にください」


部屋の空気が、一瞬で凍りついた。

直子はお茶を持ったまま、少しだけ目を丸くして動きを止める。


この村上青年、直子より4歳年下だが、総理大臣を務めるこの国一番の出世頭。

仕事で会うことも多かったと思うが、いつの間に関係進めてたんだ?

こいつとは、ライバル関係だが能力、人柄も問題ない相手だ。

あんなに小さくて『パパ大好き』って言っていた直子も、もう40歳。

親の眼から見ても美人だと思うが、この10年、仕事に夢中で浮いた話の一つもなかった。

それが、いつの間にか国会議員を連れてきた。

諦めてた孫の顔が見れるかも知れないな。いや、まさか授かり婚じゃないだろうな。

ちゃぶ台ひっくり返して、お前に娘は渡さんってやってみたかったんだが・・・・・



少しだけ、妄想を楽しんだ後、村上の次の言葉を先取りする

「欲しいのは妻じゃなくて、女房役、官房長官だろ。

制度上は可能だし、メリットも大きいがリスクはそれ以上だぞ」


その言葉に、今度は村上の方が一瞬だけ虚を突かれたように目を見開いた。


直子は手に持っていた茶托を静かに机に置くと、いつもの年齢不詳な微笑に戻り、父と新総理の顔を交互に見つめている。


「……さすが、お見通しですか」


村上は苦笑いしながら、しかしすぐに真剣な目に戻って身を乗り出した。

「僕が官房長官を兼任すると発表したのは、直子さんが欲しかったからです。民自の国会議員以外で直子さん以上の能力者はいません。そして、内閣の要である官房長官に、民自党の、それも麻田さんの娘である直子さんを据える。民間人閣僚の枠を使えば、今すぐ可能です」


村上は一気にまくしたてた。

「メリットは分かりますよね。僕には官僚機構を掌握する手足も、各省庁の縦割りをぶち壊すノウハウもない。でも直子さんなら、官邸の隅々まで知り尽くしている。彼女が官房長官に座るだけで、実務は100%民自党のクオリティで回る。なろう!のポピュリストたちが省庁でバカな真似をしようとしたら、彼女の権限で一発で握り潰せる」


「だが、リスクは『大政翼賛会』という世論の批判だけではないぞ」


麻田前総理は腕を組み、冷徹に釘を刺した。

「なろう!の支持者は、お前が民自党の操り人形になったと激怒する。我が党の保守派も、なぜ選挙で負けたなろうの若造の下に直子を差し出さねばならんと反発する。それに何より――」


麻田はチラリと窓の外、見えない月の方向へ視線をやった。

「モノリス、ウォルバキア、知れば戻れない秘密に進まねばならん。否応なしにな」


村上は遮るように言った。

「僕は36歳で泥舟の船長です。半年で沈むなら、歴史に名前が残る大バクチを打って沈みたい。直子さんを僕に預けてください。彼女の頭脳と、僕の持つ218議席の生殺与奪の権。これを掛け合わせれば、半年だけなら何でもできる。」


二人の新旧総理の視線が、静かに火花を散らす。

その沈黙を破ったのは、当事者である直子の、鈴を転がすような声だった。


「お父さん、ちゃぶ台ひっくり返さなくていいの?」


クスクスと笑いながら、直子は村上の隣に歩み寄り、その真っ白な顔を覗き込んだ。

「村上総理。40歳の独身女性を夜中に呼び出して『お嬢さんをください』だなんて、プロポーズとしては0点。でも、政治の心中相手としては、最高にゾクゾクするわ」


直子はビシッと背筋を伸ばして一礼した。

「村上総理大臣。官房長官の職、謹んでお受けいたします。

ドロシー大統領にお礼をしなければなりませんしね」


麻田総理は、二人をしばらく観察した後、幹事長を呼び出した。

「明日、党の総裁を辞任する。ああ、首班指名に敗れた責任をとる。必要ないことはないさ。それから、他にも相談がある。明日の朝来てくれ・・・・・・」



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