首班指名
総選挙から10日。
衆議院特別国会。
本会議場は、これまでにない緊張感に包まれていた。
1議席。
たった1議席。
その差が、この国の政権を決める。
最初の議事は、衆議院議長選挙。
議席には439人の議員が座る。
総理大臣指名に先立って、衆議院議長と副議長が選任される。
民自党は、3代前の総理大臣・石橋を擁立した。
対する、政治家になろう!は、穏健派の吉川を推薦する。
「民自党 219」
「なろう! 218」
「諸派 2」
テレビの解説者
「石橋氏が1差で議長、吉川氏が副議長でしょう」
誰も疑わなかった。
投票が始まる。
木札が静かに投票箱へ落ちていく。
やがて開票。
事務総長が結果を読み上げる。
「石橋君……1票。」
場内がざわつく。
「吉川君……436票。」
一瞬。
議場全体が静まり返った。
「えっ……?」
記者席からもどよめきが起こる。
テレビ局の速報スーパーが慌ただしく書き換えられる。
『衆議院議長 吉川氏(政治家になろう!)』
民自党の議員たちは、してやったりの顔をしている。
解説者が一瞬の沈黙後、
「……これは、民自党の議会戦術でしょう。大変珍しいやりかたです。
議長は首班指名に投票できません。
議長を与党から出すと、首班指名は、
民自党 218
なろう! 218
左派(無効票) 2
民自党となろう!が同数。
最後は議長採決で、与党の麻田氏が続投となる予定でした。」
アナウンサー
「私もそう思ってました。この場合はどうなりますか?」
「投票できない議長が、なろう!になりますので、
民自党 219
なろう! 217
左派(無効票) 2
投票だけで麻田氏の続投が決定します」
麻田総理だけが静かに頷いた。
議長席へ案内される吉川。
まだ状況を理解できていない。
麻田は幹事長へ小声で言った。
「これでいい。」
幹事長も頷く。
続いて、首班指名選挙。
議長席に座る吉川は、まだ落ち着かない。
震える声で宣言する。
「これより、内閣総理大臣指名選挙を行います。」
投票。
開票。
静まり返る議場。
事務総長が一枚ずつ読み上げる。
「麻田君」
「村上君」
「麻田君」
「村上君」
・
・
・
交互に名前が続く。
議場の空気が変わる。
「……おかしい。左派の名前が出てこない」
最後の票が読み終わる。
事務総長は、一度深呼吸してから結果を告げた。
「麻田君……219票」
場内が息を呑む。
「村上君……219票」
静寂。
数秒間。
誰一人、動かなかった。
今度は、左派二人がしてやったりとした顔で麻田を見て笑っていた。
麻田
「左派らしい。老害ども」
テレビ局では速報テロップが点滅した。
『首班指名 史上初 同数』
吉川は議長席で凍り付いていた。
目の前には議事進行表。
その最後の一行。
「同数の場合、議長が指名する。」
吉川はゆっくりと村上を見る。
助けを求めるような目だった。
村上は胃のあたりを押さえている。
「……勘弁してくれ。最悪だ」
誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
事務総長が静かに近付く。
「議長。採決をお願いいたします。」
吉川は何度も唾を飲み込んだ。
手が震える。
全国へ生中継されている。
436人の議員。
1億人を超える国民。
全員が、自分を見ている。
ゆっくりと立ち上がる。
議場は水を打ったように静まり返った。
吉川は深く息を吸う。
そして、震える声で宣告した。
「内閣総理大臣に……」
一瞬、目を閉じる。
「村上君を指名いたします。」
議場が揺れた。
歓声。
どよめき。
悲鳴。
拍手。
怒号。
あらゆる音が一斉に噴き出す。
テレビ各局は一斉に速報を流した。
『村上氏 内閣総理大臣に指名』
36歳。
当選2回。
議員歴4年。
日本政治史上、最年少の総理大臣が、この瞬間、誕生した。




