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くすぶる火種

東京、総理官邸。執務室。

夜の11時を過ぎていた。

麻田総理は、ソファの背にもたれながら、タブレットをスクロールしていた。

SNSの画面だった。それも批判的なものだけ集めてある。

官房長官が、向かいに座っている。

「……読むと、気が滅入りますな」

麻田は苦笑した。

「たまには見ないと、感覚が狂う」

画面を指でなぞる。

投稿が流れていく。

《肉と卵が高すぎる。転移前の何倍だと思ってるんだ》

《ガソリン500円って正気か。購入制限解除したって喜べない》


「資源がないんだから仕方ない、と説明しても納得しない」

「毎日スーパーへ行く人には、宇宙より牛乳ですから」


《異世界の女に男が全員持っていかれた。こっちはどうすればいい》

《観光客が堂々と男を金で買ってる。これのどこが友好関係なんだ》

《焦って婚活した友達は結婚したけど、私は取り残された》


「こればかりはな……」

「政府が恋愛を管理する訳にもいきません」

「管理したら独裁国家だ。」


《育休明けで職場復帰しようとしたら、事務の仕事がAIに全部取られてた》

《再就職先が接客業しかない》

《女性ばかり損している》

《モデルの仕事を異世界人にとられた》

《異世界人のせいで音楽学校落ちた》


「これも予想通りでした」

「効率化の犠牲は、いつも事務から始まる。モデルとかは政府関係ないしな」


《宇宙ステーション、本当に今必要なのか。腹が減ってるのに》

《阪神エリアばかり景気がいい。東京は蚊帳の外か》

《大阪の電気代が東京より三割安いってどういう意味だ》

《人口密集地に原発を建てるって、万が一を想定してないのか》

《スパコンの名前が一休さんと新右衛門さん。ふざけてる》


麻田はタブレットを置いた。

「経済指標は悪くない。外交も宇宙も安全保障も、客観的に見れば二年間でよくやったと思う」

官房長官が頷く。

「はい」

「なのに、これだ」

麻田は天井を見上げた。

「難しいものだな」

「国民の目には、日常生活しか見えません。インフレ、雇用、男女関係——そこが痛ければ、他が良くても関係ない」

「分かってる。分かってるんだが」

麻田は苦く笑った。

「モノリスのことを話せれば、宇宙ステーションの意味も伝わるんだがな」

「それは、まだ」

「分かってる」

執務室に、しばらく静寂が流れた。

その時、麻田のスマートフォンが鳴った。

画面を見る。

娘の名前だった。

「はい」

『お父さん、ちょっと聞いてほしいんだけど』

声のトーンで、何かあったと分かった。

「どうした」

『ロバート大統領代行との交渉が終わって、43号線を走ってたら……オービス光らせちゃった』

麻田は少し間を置いた。

「何キロ出してた」

『……80キロぐらい。40キロ制限だけど、高速みたいな道だからつい』

「40キロオーバーか」

『うん。ごめんなさい』

麻田は、ため息を一つついた。

「まあ、運が悪かったな。処理が終わるまでは、自分で運転するな。免停になる可能性があるから」

『分かった。ありがとう』

電話が切れた。

官房長官が、静かに尋ねた。

「娘さんですか」

「ああ。スピード違反だ。43号線で40キロオーバー」

官房長官は少しだけ表情を変えた。

「……それは」

「阪神エリアの調整で走り回ってくれてる。疲れてたんだろう」

麻田は再びタブレットを手に取った。

「まあ、身内の話だ。大事にはならん」

「電話一本で済むのに。娘さんに厳しいですね」

「今はそんな時代じゃないさ」


その夜は、それで終わった。

だが・・・・・・

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