サラマンダー
フロリダの午後の陽光が、格納庫の金属屋根を容赦なく焼いていた。
巨大な扉の向こう、冷房の効いた開発棟の中央に、その白い機体は横たわっていた。
ドラゴンより一回り太い胴体。その周囲を囲むように、4本の巨大な固体ロケットブースターが取り付けられている。まるで、太い筒を4本束ねて、先端に小さな缶をちょこんと乗せたような外観だった。
ニナ・アームストロング少佐は、隣に立つラヴェル大尉と顔を見合わせ、それから腕を組んだまま設計主任のキャロルを睨みつけた。
「……これ、本当に人を乗せる気?」
「もちろんよ」
キャロルは涼しい顔で答えた。
ニナは機体を指差した。
「四本束ねただけにしか見えないけど。姿勢制御ノズルは? 偏向ノズルは? 推力偏差はどうするの? 固体ロケットにスロットルはないわよ」
「出力は加工精度で揃えます。4基とも誤差は1パーセント以内です」
「1パーセントも違えば、明後日の方向に飛んでいくわよ!」
「そこは、回転させます」
キャロルは平然と続けた。
「ロケット全体を回転させて、ジャイロ原理で安定させます」
格納庫が水を打ったように静まり返った。
周囲の技術者たちが息を殺し、ニナの反応を待っている。
ニナは数秒間、キャロルの顔をじっと見つめた。
「技術者の正気を疑うわ」
「ありがとうございます」
「褒めてないわよ。ちなみに、何回転か聞いてもいい?」
「4機の出力が完璧に揃っていれば、毎分30回転。遊園地のティーカップくらいよ」
「揃っていなければ?」
キャロルは少しだけ間を置いた。
「……毎分200回転くらいになるかも」
「人体実験?」
ニナは天井を見上げた。
「人間が耐えられる回転数のギネス記録でも目指してるのかしら」
「無人機では成功しました。犬も生きて帰りましたし」
「動物虐待ね。何回転だったの?」
「毎分108回転。言っとくけど、次の日にはご飯食べたし、2日後には自分で歩いたんだから」
周囲の技術者から、くぐもった笑いが漏れた。
キャロルは表情を変えずに続けた。
「制御装置は少ないほど故障しません。最高の信頼性とは、壊れる部品をそもそも付けないことです」
「それは思想じゃないわ。開き直りよ」
ニナはため息をついてから、機体の後方へ歩き出した。
格納庫の奥では、整備員たちが再突入カプセルの取り付け作業に追われていた。
「耐熱パネルは?」
「日本製よ。下町の中小企業だけど、イプシロンの部品も作っているらしいわ。再突入試験は完了済み。問題ないわ」
「誘導装置は?」
「GPSよ。日本のカーナビを改造したわ。今年発売の最高級モデル。精度は10センチ」
ニナは足を止めた。
日本に対抗するための宇宙船が、日本の部品で飛ぶ。
その皮肉な事実を、誰も口にはしなかった。
ニナはゆっくりと、もう一度機体全体を見上げた。
4本の巨大な固体ロケット。その頂点にある、小さな有人カプセル。どう見ても、人間が乗る代物には見えない。
「ドラゴンも大概だったけど」
ニナが隣のラヴェルを振り返ると、彼女は静かに機体を眺めたまま呟いた。
「こいつはもっと酷い」
「同意見よ」
ニナは深く同意した。
そこへ、キャロルが足音を響かせて近づいてきた。その手にはなぜか、無骨なダクトテープが握られている。
「はい、これ」
キャロルはそれをラヴェルに差し出した。
「何?」
「幸運のお守りです」
キャロルは至って真顔だった。
ラヴェルは呆然とダクトテープを受け取り、機体の上方に掲げられたプレートを見上げた。
『サラマンダー。ディアナ計画13号機』
ラヴェルが苦い顔で、小さくため息をつくのが聞こえた。
「13番目なんて、縁起でもない……」
格納庫の外では、フロリダの陽光がどこまでも容赦なく照り続けていた。




