静香と明月の再会
六甲アイランド。高級ホテル最上階、ラウンジ。
窓の外には、大阪湾が広がっていた。
埋め立て地の建設ラッシュ。クレーンが何本も空に伸びている。国際周産期医療センター、その隣のホテルGOKOKU。既に外側は完成している。
静香(妹)は、窓に手をついて、その景色を眺めた。
「大きくなったわね」
「私たちが決めた時は、まだ図面の上だったのに」
明月が、隣に並んだ。
テーブルの上には、二人分の紅茶と、手付かずの焼き菓子。
明月公女が口を開いた。
「息子さんは?」
静香が答える。
「1歳になりました。もう歩きます。週一ぐらいしか顔をみれないけど。上の子達も同じです。」
明月は苦笑した。
「私も。皇族って子育てとかはさせてもらえない」
明月は少し間を置いてから、静かに言った。
「静香様。3人、ですよね」
「ええ」
「……尊敬します。本当に」
静香は、窓の外を見たまま答えた。
「怖かったわよ、最初は。今でも怖い」
「私も」
明月は、声を少し落とした。
「今だから言えますけど——出産、本当に怖かった」
「お父様がお姉様の病院を紹介してくれたから助かったけど、それまでは私も怖かった」
「あの病院があって、本当に良かった。名家の出産時死亡率が下がったから、人口の心配が大分減りました」
二人は、しばらく黙って窓の外を見た。
それから明月公女が、ふと言った。
「もし日本が突然消えても、なんとかなりそうですね。突然現れたなら、突然消えるかもしれない」
紅茶が、少し冷めていた。
明月公女は椅子に戻りながら、ゆっくりと口を開いた。
「静香様。一つ気になってることがあるんだけど」
「はい」
「日本って、男女比の崩壊を怖がってないように見えない?」
静香は、すぐには答えなかった。
窓の外を見たまま、少し考えてから椅子に腰を下ろした。
「……気になってました。私も。
邪馬台国からだけでも、毎年相当数の女性が日本に来ています。メリケンも漢も、ヨーロッパも。普通の国なら、もっと慎重になるはずなのに」
明月は紅茶を一口飲んでから、整理するように話し始めた。
「分解して考えてみましょう。まず一般女性。観光や出稼ぎで来る方が大半。子種は持ち帰るけど、本人や娘が日本に定着するケースは少ない。構造的に、そうなりにくい」
「女腹だから、娘が生まれる。でも母は本国に帰ってから出産する」
「ええ。鬼女は子を産めない。日本に残っても、人口構造には影響しない」
「名家は?」
「私たちのことですね」
明月は少し考えた。
「名家は、日本女性と変わらない生殖能力です。特別に問題になる要素はない」
「一般女性の一部は日本に定着するけど——」
「男性の多い日本なら、許容範囲でしょう」
静香は、静かに頷いた。
「つまり」
「ええ」
明月は、ゆっくりと言った。
「日本は、女腹の異世界女性が定着しにくい構造を、最初から用意していた。だから恐れていない」
「恐れていないんじゃなくて——計算済みだった」
「そういうことだと思います」
二人は、しばらく沈黙した。
やがて静香が、少し声のトーンを変えた。
「ねえ。北中国はどうなるの。雷鳳鳴の内モンゴル以外、漢は日本の男性供給を受けさせていない。あのまま放置したら——」
「滅ぼすつもりかって?」
明月は、少し目を細めた。
「そこまではしないと思う。でも——」
「でも?」
「一部は漢民族が取って代わる可能性は、否定できません」
静香は、明月を真っ直ぐ見た。
「それを、漢は望んでいる?」
「望んでいるかどうかは別として——結果として、そうなる可能性がある。それだけです」
明月は少し間を置いてから、静かに言い返した。
「邪馬台国だって、将来人口が増えすぎたら満州への移民を検討するんじゃないかしら」
静香は、一瞬だけ目を丸くして——それから、小さく笑った。
「……否定はしません」
「お互い様ね」
「お互い様です」
二人は同時に、少し力の抜けた笑い方をした。
紅茶を飲み直した後、静香が窓の外を見ながら言った。
「ところで」
「ん?」
「日本のお姉さま方が、最近不機嫌みたいですよ」
明月は、すぐに察した顔をした。
「そうね。泥棒猫は歓迎されないわ」
静香は少し笑いながら、窓の外のクレーンを見た。
「私たちも、その泥棒猫の一人なんだけどね」
「それは——言わない約束で」
明月は、紅茶のカップを静かに置いた。
窓の外では、GOKOKUの工事が続いている。
二人が決めた場所が、二人の手を離れて、大きくなっていく。
そしてその陰で、日本という国だけは、まだ誰も気づいていない何かを、静かに進めていた。




