技術革新(前編)
東京、総理官邸。閣僚会議室。
転移から、二年が経った。
麻田総理は、分厚い資料を手に取り、最初のページをめくった。
「始めてくれ」
内閣府技術政策担当の南原が、立ち上がった。
「まず、エネルギーです」
壁面モニターに、日本列島の地図が映し出される。姫路と堺。それから東海村と鹿島。四つの点が、赤く光っていた。
「高温ガス炉原子炉——HTGRを、姫路と堺に建設します。高温水蒸気電解と組み合わせたアンモニア合成プラントを併設します。東海村と鹿島にも同型炉を設置します」
官房長官が眉を上げた。
「人口密集地の近くで、原子炉?」
「HTGRは固有安全炉です。冷却材を失っても炉心溶融は起きない。設計上、不可能です」
「それでも、住民への説明は」
「もちろん必要です。ただ——」
南原は言葉を選んだ。
「阪神エリアへの電力供給は、HTGRなしには成立しません。新しい街に、新しい炉を。その説明は、できます」
麻田は黙って聞いていた。
「外国に提供しているハーバーボッシュ法より効率的で、天然ガスも不要です。このシステムは国内限定とします。技術の流出は、厳重に管理します」
「つまり」
財務担当閣僚が言った。
「輸出用と国内用で、技術を分ける」
「はい」
与えながら、依存させながら、主導権を渡さない。
それが、この二年間で日本が選んだ道だった。
「続けて」
「海水からのウラン回収を、本格化します。この世界の海中ウラン濃度は、元の地球の十倍です。改良アミドキシム吸着材を使えば、採算が合います。高速増殖炉と組み合わせれば——」
モニターに、サイクル図が映る。
「輸入に依存しないエネルギー体制が、完成します」
会議室が、静まり返った。
エネルギー自立。
転移直後、誰もが諦めかけた目標が、二年後に現実として提示されている。
「製鉄も変わります。溶融酸化物電解——MOEによる製鉄を開始します。コークスが不要になります。豊富な電力があれば成立する方式です」
「セラミック系耐熱素材と断熱材の大量生産。次世代半導体の量産化。水素と燃料電池の普及拡大」
南原は一息ついてから、続けた。
「そして、スパコンです」
モニターが切り替わる。
「ポートアイランドに、50MW級。筑波に、80MW級を設置します」
「名前は?」
麻田が、初めて資料から目を上げた。
南原は、少しだけ表情を緩めた。
「ポートアイランドのものを一究。筑波のものを深慧聞と命名しました」
官房長官が首を傾ける。
「一休さんと新右衛門さんか」
「そうです。表向きは一究のサポート役です」
麻田は、少しだけ笑った。
「筑波の方が大きいのに、サポート役か」
「公称は、30MW級とします」
会議室の空気が、変わった。
「80MWを、30MWと公表する」
「はい。深慧聞の本当の能力は、外部には開示しません」
一休さんは、表向きは子供の僧侶だった。その実、誰も解けない問いを解く天才だった。
新右衛門は、一休の秘密を知る側近だった。
命名者は、その二重性まで込めていた。
麻田は資料を閉じた。
「阪神と筑波の役割分担を、整理してくれ」




