日・フランク会談
フランク大使館、食堂。
午後の光が、白いテーブルクロスの上に柔らかく落ちている。
和牛フィレのロースト 赤ワインソース。
付け合わせは新じゃが、京人参、万願寺とうがらし、アスパラガス。
桐本大臣は、フォークを置いて満足げに息を吐いた。
「フランク料理は欧州の華ですな。それに、この赤ワインソース——」
グラスを傾けながら、少し考える顔をした。
「醤油、昆布。いつの間にか日本が取り込まれている」
カトリーヌ王女は、優雅に微笑んだ。
「和牛とお魚は別格として、お野菜も色鮮やかで形が良くて、そして甘い。日本食材のクオリティあってのお料理ですわ。デルフィーヌが腕を振るえるのも、素晴らしい食材があればこそ」
「是非、お国の方々にも、もっと楽しんで頂きたいものです」
「それは前向きに」
カトリーヌは、さりげなく話題を切り替えた。
「ところで、チーズと肉製品の輸入手続きの簡素化。ワインの関税。日本の皆様のクリスマスに間に合うと嬉しいのですが」
桐本は笑った。
「実は家内からのプレゼント要求がフランクばかりでしてな。服、小物、食器、香水、エトセトラ、エトセトラ。個人的にも、早く動いてほしいところです」
「まあ」
ジャンヌ大使が、控えめに口元を押さえた。
「光栄ですわ」
ジャンヌが、静かに続けた。
「ネオジム磁石等のレアアース製品の日本向け仕様。こちらも準備は進んでいますわ」
「それは助かります」
桐本は、フォークとナイフを手に取りながら答えた。
「非鉄金属も重要です。金属の熱処理と加工技術。この世界の欧州は日本より高度ですからな。こちらとしても、是非連携を深めたい」
「ロケット関連技術の方は?」
カトリーヌが、さりげなく問いかけた。
桐本は、和牛を一口切りながら答えた。
「学術目的のラムダロケットの輸出許可。引退技術者、失礼。特殊な分野の小説家のの出国許可。欧州が日本の衛星ネットワークに加入して頂けるなら通します。台湾に建設中の新打ち上げ場への欧州参加は、漢・邪馬台国次第ですが——日本は反対しません。小説家の件は・・・・・・貴方の作戦勝ちですな」
カトリーヌは、少し間を置いてから言った。
「我が国の淑女達(技術者)が待ちわびておりますので。日本ネットワーク加入の反対意見は、強くありません。先日の地球周回で、差を見せつけられました。商業衛星を多数打ち上げた上で、2年かからずに宇宙ステーションを軌道上に建設。既存衛星のメンテナンスと科学実験まで行う。他の国では真似できませんわ。月や火星に人を送ることさえ、可能ではなくて?」
桐本は、表情を変えずに答えた。
「今は月へ行く必要がありませんので。探査機ぐらいは飛ばしてみようとしてるようですが」
カトリーヌは、それ以上追わなかった。
デザートの抹茶のオペラが運ばれてきた。
深い緑と金の層が、皿の上で美しく重なっている。
「ところで、大臣」
カトリーヌが、デザートを一口含んでから口を開いた。
「来月から始まるフランク国立バレエ団の東京長期公演に、ご招待したいのですが。出来るだけ多くの関係者の方に見ていただきたくて」
「もちろん、協力させていただきます。文化交流は大事ですからな」
ジャンヌが続けた。
「日本のマンガ、アニメの欧州での版権についての取り交わしも、準備できております」
「それは素晴らしい」
桐本は、一拍置いてから言った。
「ところで、カトリーヌ様」
「はい」
「不正があった訳ではないのですが——タカラの音楽学校、来期新入生に欧州出身者が13人もいらっしゃる。少し、気になりますな」
カトリーヌは、微笑んだままだった。
「偶然……でしょう」
「左様ですな」
桐本も、微笑んだ。
それ以上は、どちらも言わなかった。
抹茶のオペラは、甘くて、少し苦かった。
――――
フランク大使館、応接間。
桐本を見送った後、ジャンヌはドアを閉めた。
窓の外では、桐本の車が静かに走り去っていく。
しばらく沈黙が流れた。
「ジャンヌ」
カトリーヌが、先ほどまでの柔らかい笑顔を少しだけ緩めて言った。
「男にしては、ずいぶん手ごわいですわね」
「ええ」
ジャンヌは、静かに頷いた。
「音楽学校の件、気づいていました。しかも、止める気がない」
「止める必要がないのでしょう。あちらにとっても、悪い話ではない」
カトリーヌは、窓の外を見た。
「日本という国は——与えながら、依存させながら、主導権を渡さない。厄介ですわ」
「セオリー通りに進めているはずなのに」
「ええ」
カトリーヌは、小さく笑った。
「まるで、同じ手を使われているみたい」
ジャンヌは、少し考えてから言った。
「でも——」
「分かっています」
カトリーヌは、カップを置いた。
「男は気分よくさせて、女同士で手を組んで取り込む。セオリー通りにやればいいのです。時間はかかっても最後は勝ちますわ。問題は漢、メリケンとの競合。あるいは邪馬台国の裏切り。日本と欧州は遠いですわ。距離的にも、気持ちの上でも」




