臨時報告会
メリケン、NASA会議室。
壁面モニターには、日本のイプシロンロケット打ち上げ映像が静止している。切り取られた一瞬——白い煙の柱と、その頂点で青空へ消えていく機体。
パメラ国防長官が、腕を組んだまま映像を見つめていた。
「……もう一度、確認させて」
NASA長官のシモーヌが、資料を手に答えた。
「日本のイプシロンが低軌道に有人カプセルを投入。カプセルは投入から6時間を超えて地球周回を続けています。現在も飛行中です」
室内に、重い沈黙が落ちた。
パメラが、低く言った。
「今更、弾道飛行には、興味さえなかったということかしら」
誰も笑わなかった。
ドラゴンがマッハ7で大気圏の端をかすめた、あの飛行。メリケンが誇りを込めて「宇宙への入口」と呼んだあの高度を、日本はすでに通過点として処理していた。
「3年以上離されてる」
シモーヌが、静かに言った。
「いいえ」
別の技術者が首を振った。
「それ以上よ。インフラの差を含めれば、5年は離されてる」
パメラが身を乗り出した。
「では、1年後に予定している地球周回を、半年後に前倒しする」
室内が、ざわめいた。
「気は確か?」
シモーヌの声が、鋭くなった。
「前回の空中分解の原因究明さえ終わっていないのよ。次号機の完成まで、あと何か月かかると思ってるの」
「あれは断熱材シリカゲルの取り付けミスよ」
「断定しないで。予測の一つに過ぎないわ。機体を失った原因が特定できていない状態で、人間を乗せる気?」
「日本に5年離されたまま待つ気?」
二人の視線が、ぶつかった。
パメラは、しばらく沈黙してから言った。
「大統領に報告する。判断は上に委ねましょう」
誰も、反論しなかった。
壁面モニターの中で、イプシロンの煙の柱は、まだそこにあった。
――――
東京、総理官邸。会議室。
麻田総理は、資料を手に取った。
「確認する。メリケンの有人宇宙飛行の成功を受けて、我々はイプシロンで有人飛行を実施した」
モノリス計画責任者の川島が、静かに答えた。
「メリケンに遅れること1か月。高度300キロの低軌道で24時間滞在。地球を16周しました。パイロット2名、無事帰還。機体に異常なし」
麻田は、短く頷いた。
「次の段階を説明してくれ」
川島は、壁面モニターを操作した。
軌道図が映し出される。低軌道に浮かぶ構造物の完成予想図。そして、月までの航路。
「宇宙ステーションの建設に着手します。H-3を8回打ち上げ、150トンの構造物を低軌道に展開します。さらに5回に分けて月探査船と燃料、合計100トンを組み立てます」
「打ち上げ回数は合計13回。他の衛星打ち上げも並行するから、順調にいっても、打ち上げだけで2年半かかる」
川島が頷いた。
「組み立て、航行を合わせて3年です」
「メリケンは?」
「アポロ計画のペースで考えれば、ここから8年。ただし現在の技術をベースに加速した場合、最短4年と見ています」
「つまり」
麻田は、資料を置いた。
「我々の方が先に月に着く」
「はい。現状の進捗であれば」
室内に、静かな緊張が漂った。
麻田は少し間を置いてから、口を開いた。
「メリケンが、リスクを度外視したらどうなる。成功確率50パーセントで飛ばしたら」
川島の表情が、わずかに固くなった。
「……科学者、技術者が口にしていいことではありませんが」
「構わない。答えてくれ」
「最短3年です」
「パイロットは」
「生還率は——30パーセントを切るでしょう」
室内が、静まり返った。
麻田は何も言わなかった。ただ、窓の外を見た。
冬の東京。灰色の空。
それから、視線を吉田所長へ移した。
「モノリスの状況を」
水沢から来た吉田は、手元のノートを一度見てから、顔を上げた。
「最新の交信記録をご報告します」
「頼む」
「まず——敵ではない、という応答を得ています」
「味方か」
「不明、との回答です」
麻田は、短く頷いた。
「この世界について」
「現実世界である、という応答は得ました。ただし、パラレルワールドかどうかは不明との回答です」
「時間軸は」
「西暦10万年以上、西暦20万年以下」
室内の空気が、変わった。
官房長官が、思わず口を開く。
「10万年——」
「以上です。上限は20万年以下」
誰も、すぐには言葉が出なかった。
人類が現在の文明を持ってから、まだ1万年も経っていない。10万年後。20万年後。その世界に、何が残っているのか。何が変わっているのか。
「転移との関係は」
吉田は、少し間を置いた。
「回答拒否です」
「否定しなかった」
「はい。イイエ、ではありませんでした」
麻田は、それだけを聞いて黙った。
「月に生命がいるかどうかは」
「回答拒否。同様に、否定はしていません」
また、沈黙が落ちた。
「最後に」
吉田は、ノートを閉じた。
「一点だけ、重要な応答があります」
「言ってくれ」
「月に人が来れば——ハイ、イイエ以外で答えることができる、との回答を得ました」
会議室が、完全に静止した。
麻田は、しばらく天井を見上げていた。
それから、静かに言った。
「3年で行く」
川島が頷いた。
「はい」
「メリケンより先に」
「はい」
麻田は、資料を閉じた。
窓の外の灰色の空を、もう一度だけ見た。
月は、昼間の空には見えない。
だが、そこにある。
10万年以上先の未来に作られた何かが、そこにある。
そして、来い、と言っている。
「吉田所長」
「はい」
「引き続き、交信を続けてくれ。他国には、気づかれないように」
「承知しております」
会議室の扉が閉まった後、麻田は一人、窓の外を見続けた。
3年。
その言葉が、静かに重くなっていくのを感じながら。




