現代の名曲を聖樹で熱唱したら演出が神がかりすぎて、プロポーズ成功した件
やがて、車が静かに停止した。
「到着したよ」
ドアを開けた瞬間、澄み切った夜気が頬を撫でた。
頭上には、満天の星。
そして――
「わあ……」
私は思わず息をのんだ。
目の前にそびえ立つのは、聖樹。
大人が何十人も手をつないでも届かないほどの巨大な幹。幾千年もの時を生きてきたかのような枝が、夜空いっぱいに広がっている。
葉の一枚一枚が、月明かりを受けて淡く輝いていた。
森は静かだった。
風が葉を揺らす音と、遠くで鳴く夜の生き物の声だけが聞こえる。
ここなら、きっと――
私はルプスを振り返った。
さっきまであんなに騒いでいた彼が、今は別人のように緊張している。
耳はぴんと立ち、尻尾はぴたりと止まり、両手をぎゅっと握りしめていた。
「ルプス、大丈夫?」
「う、うん……!」
返事はしたものの、声が少し裏返っている。
ミラはそんな彼を不思議そうに見つめていた。
「ルプス? どうかしたの?」
「な、なんでもない!」
……いや、なんでもない人の顔じゃないよ!
私はそっとルプスに目配せした。
(大丈夫。私たちがついてるよ)
ルプスが、小さく頷いた。
よし。
私は静かに息を吸い込んだ。
最初に響いたのは、かすかなハミングだった。
言葉はない。
ただ、ひとつの旋律が、夜の森へゆっくりと流れ出していく。
静かで、どこか切なくて。
遠い海の向こうから、長い時を越えて届く手紙のような旋律。
失われたものを想いながら、それでも心の中に残り続ける愛を信じるような――
私は目を閉じた。
胸の奥に浮かぶのは、二人の姿。
ミラを見つめながら、緊張で震えているルプス。
その彼を、まだ何も知らずに見つめ返すミラ。
どうか、届いて。あなたが大切だという気持ちが。ずっと一緒にいたいという願いが。
言葉にするのが怖くても、伝えたいと願う、その心が。
旋律は、静かに夜へ溶け込んでいく。
聖樹の葉が、風に揺れた。
まるで歌に耳を傾けているかのように。
やがて、音は少しずつ広がりを増していった。
胸の奥を震わせるような、力強い響きへ。
遠くの海から押し寄せる大きな波が、すべてを包み込むように。
私の歌声が、森いっぱいに満ちていく。
その瞬間――
「特等席の演出は任せて!」
アンが両手を高く掲げた。
指先から、無数の光の粒子が舞い上がる。
金色の光が、夜空へ。聖樹の枝へ。
そして、私たちの頭上へと降り注いだ。
葉に触れた光は、小さな星のようにきらめく。
暗闇だった森が、少しずつ黄金色に染まっていく。
まるで、夜空そのものが二人を祝福しているようだった。
「……きれい」
ミラが小さく呟いた。
彼女は胸の前で両手を組み、潤んだ瞳で聖樹を見上げている。
その横顔を見たルプスが、はっと息をのんだ。
私は歌いながら、彼の背中にそっと手を添えた。
(今だよ)
ルプスが、一歩前へ進んだ。
震えていた足が、しっかりと地面を踏みしめる。
そして――
ミラの前で、片膝をついた。
歌声が、夜の森に響き渡る。
金色の光が、二人を包み込む。
「ミラ……!」
ルプスの声は震えていた。
それでも、彼はミラから目をそらさなかった。
「僕は……君と一緒にいる時間が、世界で一番楽しいんだ」
ミラが目を見開く。
「君が笑ってくれると嬉しい。君が悲しいと、僕も悲しい。君がそばにいてくれるだけで、明日も頑張ろうって思えるんだ」
ルプスは、ぎゅっと拳を握った。
「僕はまだ、格好いいところばかりじゃないし、失敗もすると思う。だけど……」
そこで一度、深く息を吸い込む。
「それでも、ずっと君の隣にいたい!」
歌声が、さらに大きく広がった。
聖樹の葉がざわめく。
まるで、二人の言葉を受け止めるように。
「ミラ……僕と――、一生一緒にいてください!!」
静寂。
一瞬、森からすべての音が消えたように感じた。
ミラは目を見開いたまま、ルプスを見つめていた。
そして。
ぽろり、と大きな涙が、その頬を伝った。
「ルプス……嬉しい」
ミラの唇が、震える。
「私……ずっと、あなたと一緒にいたいと思っていたの」
ミラは泣きながら、満面の笑顔を咲かせた。
「喜んで……! 私も、あなたと一生一緒にいたいです!」
「ありがとう……!」
ルプスが立ち上がり、ミラを強く抱きしめた。
ミラも彼の背中に腕を回す。
金色の光が、二人の周りでくるくると舞った。
私の歌は、いつしか森全体を包み込む大きな響きになっていた。
胸が熱い。なんだろう。私まで泣きそうだ。
誰かを大切に思うこと。
その気持ちを、怖くても言葉にすること。
そして、相手の心に届くこと。
それって、こんなにも――
「やったぁぁぁぁ!!」
アンの歓声が、感動の空気を吹き飛ばした。
「大成功ー!! 最高のプロポーズだよー!!」
「アン、声が大きい!」
「だって嬉しいんだもん!」
ジークも、いつになく優しい顔で拍手を送っていた。
私も歌を終え、二人に笑顔を向けた。
「ルプス、ミラ……おめでとう!」
「美優……ありがとう!」
ルプスは目元を赤くしながら、照れくさそうに笑った。
ミラも涙をぬぐい、幸せそうに頷く。
「本当に……忘れられない夜になりました」
本当によかった。
マリアを救うために来た森で、こんな幸せな瞬間に立ち会えるなんて。
私は胸の奥に広がる温かな気持ちを、そっと抱きしめた。
この光景を、きっと忘れない。
そう思った――その時だった。
ザザ……ッ。
聖樹の根元で、何かが動いた。
「……え?」
私はそちらへ顔を向けた。
風が止まった。
さっきまで金色に輝いていた葉が、一斉にざわめき始める。
聖樹の幹を伝う光が、まるで何かを恐れるように、ひとつ、またひとつと消えていった。
「……何だ?」
ジークの声が低くなる。
次の瞬間。
森の奥から、ぞっとするほど冷たい気配が這い上がってきた。
肌が粟立つ。息が、詰まる。
さっきまで胸いっぱいに満ちていた幸福感が、一瞬で凍りついた。
「全員、下がるんだ!!」
ジークが剣を抜き放ち、私たちの前に立ちはだかった。
私は息をのんだまま、聖樹の根元を見つめた。
闇が、蠢いている。
あれは――魔物?
でも、こんな気配は今まで感じたことがない。
聖樹の根元から、黒い影がゆっくりと立ち上がった。
その姿を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
私たちはまだ知らなかった。
この魔物が、これまで出会ってきたどんな敵とも違う存在だということを――
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
プロポーズ大成功でした。
次回は【11/1(日)12:20】に更新予定です。
美優が未知の魔物をボコボコにします。




