【覚醒】 襲い来る魔物を過去のチート魔術と体術でボコボコに無双してみた
ルプスとミラが、ぴんと耳を立てた。
二人の視線が、森の暗闇を射抜く。
「……来る……! 月に飢えた魔物が……っ!!」
ヴォオォォォォォンッ……!!!!
地響きのような咆哮が、夜の森を揺るがした。
樹々の影を押し破り、巨大な獣が姿を現す。
漆黒の毛並み。月明かりを受けて青白く光る、四つの目。
太い四肢が地面を踏みしめるたび、土が震え、足元の小石が跳ねた。
「月喰いの魔物……!」
ミラが息をのむ。
その巨体から伸びた影が、ぐにゃりと歪んだ。
次の瞬間、影の中から黒い狼たちが次々と這い出してくる。
「影狼まで……!」
「全員、警戒しろ! アン、後方を頼む!」
「了解!」
ジークが大剣を構える。
アンの指先に、青白い稲妻が走った。
「雷撃、行くよ! ――『ライトニングアロー』!」
放たれた雷の矢が、闇を切り裂く。
同時に、ミラが鋭く息を吸い込んだ。
「鼓動よ、月と共に高鳴れ――『月鼓』!」
その声に呼応するように、味方の身体に淡い光が宿る。
ルプスが地を蹴った。
「うおおおおっ!」
月光をまとった爪が、襲いかかる影狼を切り裂く。
ジークの大剣が唸り、黒い毛並みをかすめた。
アンの雷撃が別の影狼を吹き飛ばす。
けれど、敵の数が多すぎる。
倒しても、倒しても、闇の中から新たな影狼が湧き出してくる。
そして――
「グルルルラァッ……!!」
月喰いの四つの目が、ゆっくりとこちらを向いた。その視線が、私を捉える。
ぞくり。
背筋を冷たいものが走った。
次の瞬間、巨獣が大地を蹴った。
巨体に似合わない速度で迫り、巨大な前脚を振り上げる。
「ミュウッ!!」
ジークの叫び声。
振り下ろされる、黒い爪。
――逃げられない。そう思った瞬間。
頭の奥で、何かがカチリと音を立てた。
時間が、止まったように感じた。
迫り来る爪。揺れる地面。仲間たちの息遣い。
すべてが、ひどく鮮明に見える。
(……知っている。私は、この光景を知っている。身体が、動き方を知っている)
これは――
私の記憶じゃない。けれど、私の中にある記憶だ。
カティア。
その名が、頭の奥に浮かんだ。
私は、ほとんど地面すれすれまで上体を反らした。
頭上を、巨大な爪が唸りを上げて通過する。
ドゴォンッ!!
地面が砕け、土塊が飛び散った。
普通なら、吹き飛ばされていてもおかしくない衝撃。
けれど私は、倒れなかった。
反らした上体を起こす勢いで軸足を踏み込み、巨獣の顎へ肘を叩き込む。
――ドンッ!!
打撃と同時に、黒い魔力が炸裂した。
「グガッ!?」
巨獣の頭が跳ね上がる。
私は止まらない。
踏み込んだ足を軸に身体を回転させ、その勢いを殺さず、側頭部へ回し蹴りを叩き込んだ。
バギィッ!!
黒い毛並みが大きく揺れ、巨獣の巨体がよろめく。
「……ミュウ!?」
ジークの声が、遠くから聞こえた。
身体が知っている。敵の動きも。間合いも。次に何をすべきかも。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
「黒月よ、護れ――『ダークムーンシールド』」
短縮詠唱。
頭上に黒い三日月が浮かび上がり、瞬く間に砕け散った。
黒い光の破片が波紋となって広がり、私たちを包む半球状の障壁へと変わる。
その直後。
「ヴォオオオオオオッ!!」
月喰いが咆哮した。
音の塊が、衝撃波となって森を薙ぎ払う。
木々の枝が折れ、地面の土が巻き上がった。
衝撃波が障壁に激突する。
――ギィィィンッ!!
黒い膜が大きくたわんだ。
亀裂が走る。それでも、障壁は持ちこたえた。
衝撃波が通り過ぎた瞬間、黒い膜が砕け、無数の光となって消えていく。
「なっ……! あの咆哮を防いだのか!?」
ジークが驚愕の声を上げた。
影狼たちが、こちらへ殺到してくる。
私は低く身をかがめ、地面を蹴った。
「双なる月よ、重なれ――『ダブルルナ』」
周囲の空気が震えた。黒い魔力が渦を巻き、その中心で二つの月影が重なり合う。
魔力が二重に展開され、私の身体を包み込んだ。
強烈な力が、全身を駆け巡る。呼吸が、ほんの少しだけ重くなる。
けれど、制御できる。
この力の扱い方も、私は覚えている。
「……欠けゆく月よ、断て――《三日月斬》」
身体をひねり、回転の勢いを乗せた蹴りを放つ。
その軌道から、黒い三日月の刃が飛び出した。
シュバァッ!!
刃は地面すれすれを走り、群がる影狼たちを次々と切り裂いていく。
黒い影が霧散した。
「ミュウの動きが……速すぎる……!」
アンの声が聞こえる。
けれど、私は振り返らなかった。
心臓の鼓動。月の魔力の脈動。巨獣が地面を踏みしめる音。
すべてが、ひとつにつながっている。
相手の動きが、手に取るように分かる。
私は、月喰いへ向かって駆けた。
「グルルルラァッ!!」
巨獣が前脚を横薙ぎに振るう。
私は身を沈め、爪の下を滑り抜けた。
風圧が髪を揺らす。間髪入れず、巨獣の懐へ踏み込む。
「――《三日月連舞》」
右の拳。左の肘。身体をひねって、蹴り。
ひとつひとつの動きに、黒い三日月の軌跡が重なる。
顎。胸。側頭部。
間合いを変えながら、次々と打撃を叩き込む。
拳が当たるたび、魔力が炸裂した。
蹴りが決まるたび、巨獣の巨体が揺らぐ。
その巨体が、ついに大きく傾いた。
「グガアアアアアッ!!」
月喰いが悲鳴のような咆哮を上げた。
私は、追撃のために一歩踏み込む。
けれど巨獣は、まだ倒れなかった。
四つの目が、憎悪に燃える。
巨体の周囲に広がっていた影が、急速に一点へと集まっていく。
その形は――巨大な三日月。
黒い刃が、音もなく空中に浮かび上がった。
周囲の空気が、ひりつくように震える。
これは、今までの攻撃とは違う。
私は、直感的に理解した。あの一撃で、決める。
「黒月よ、断て――『ダークムーンクレセント』」
重ね合わせた二つの月影が、私の前に浮かび上がる。
次の瞬間、二本の黒い三日月が放たれた。
――ズガァァァンッ!!
二つの刃が、巨獣の身体を交差するように切り裂いた。
「グオオオオオオッ!!」
月喰いの巨体が、大きくのけぞる。
黒い毛並みが逆立ち、四つの目から光が失われていく。
……勝った。
そう思った瞬間だった。
「――っ!?」
頭の奥に、鋭い痛みが走った。視界がぐらりと揺れる。
身体を満たしていた力が、急速に遠のいていく。記憶が、遠ざかる。
代わりに、いつもの私の意識が戻ってきた。
「あ……れ……?」
私は、自分の手を見つめた。
何をしたんだろう。分からない。
ただ、目の前には、今にも倒れそうな巨大な魔物がいた。
その向こうに――
「ミュウ!」
ジークが見えた。
彼は大剣を構え、倒れかけた月喰いから目を離していない。
その瞬間。
消えかけていた四つの目が、再び青白く輝いた。
「……グ、ルルル……」
低い唸り声。
巨獣の胸元に、黒い光が集まっていく。
小さな一点へ。さらに一点へ。
まるで、残された命のすべてを絞り出すかのように。
「……まだ、動けるのか!?」
ジークが叫んだ。
月喰いの胸から、黒い光が放たれた。
轟音すら置き去りにする、一直線の一撃。
周囲の空気が裂け、射線上の枝が瞬時に砕け散る。
狙いは――ジークの胸。
「ジーク……っ!」
ジークは剣を構えている。
けれど、間に合わない。
避けられない。防ぐ時間もない。
私は、何も考えなかった。
ただ、身体が動いた。
――守らなきゃ。
次の瞬間。
ドスッ……!!
鋭く冷たい衝撃が、腹部を貫いた。
「……っ、ぁ……」
何が起きたのか、すぐには分からなかった。
お腹が、熱い。息が、できない。
視線を落とす。
そこには、私の身体を貫く黒い光があった。
遅れて、激痛が押し寄せてくる。
ジークの声が、ひどく遠く聞こえた。
膝から力が抜ける。身体が傾いた。
「……ミュウ……?」
彼の顔から、血の気が引いていく。
私は、かすかに笑った。
よかった。ジークは、無事だ。
それだけで、よかった。
「ミュウッッッ――――!!!!」
ジークの絶叫が、夜の森に響き渡った。
倒れ込む私の身体を、彼が必死に抱きとめる。
「なぜだ……っ! なぜ俺なんかのために……っ! ミュウ!!」
「ジーク……よかっ……た……無事で……」
声が、うまく出ない。
身体から、どんどん力が抜けていく。
「美優さん! しっかりしてください!!」
ミラが駆け寄り、震える手を私の傷にかざした。
「静かなる月よ、痛みを和らげて――『月癒』!」
淡い光が傷口を包む。
けれど、光は傷の奥へ届く前に、黒い残滓に弾かれた。
「そんな……!」
ミラの顔が青ざめる。
「傷が深すぎる……! 『月癒』では、塞がらない……っ!」
アンが何かを叫んでいる。
ルプスの声も聞こえる。
でも、何を言っているのか分からない。
視界が、ゆっくりと暗くなっていく。
最後に感じたのは、私を必死に抱きしめるジークの腕と、その温もりだった。
(……ごめんね)
まだ、マリアを助けていないのに。
まだ、みんなと一緒にいたいのに。
意識が、闇の底へ沈んでいく。
ジークの叫び声を遠くに聞きながら――
私は、静かに意識を失った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
覚醒した力と絶体絶命の大ピンチでした。
次回は【11/8(日)19:00】に更新予定です。
過去の夢と新たな力の目覚めです。




