人狼の里がリオのカーニバルに!? 歌と踊りが起こした奇跡と謎の紙切れ
木々の間には色鮮やかな染め布が張り巡らされ、篝火が何十も焚かれ、火の粉が夜空へパチパチと舞い上がっていく。
香ばしい肉の焼ける匂い、強い酒の香り、遠吠えのような歓声――
人狼の里は、すでに凄まじい熱狂の渦の中にあった。
「よし、みんな! 大いに飲んで歌い踊り、俺の誕生祭を盛り上げてくれ!」
族長レグルスが巨大クッションから立ち上がると、地響きのような大歓声が広場を揺らした。
私たちは隅で待機していたけれど、族長が手招きする。
「今日は俺を祝うために人間が来てるんだ! 前に出てくれ!」
……ちょっと趣旨が違うけど、まあいいか。
「族長さん、お誕生日おめでとうございます。私からお祝いに歌わせてください」
「よーし、盛大にやってくれよなー!」
私はスマホを操作し、用意していた曲を再生した。
広がったのは、静かで荘厳な讃美歌の旋律。教会の高い天井に響くような、清らかなコーラスが夜の空気を包み込む。
人狼たちの立ち耳が、一斉にピンと伸びた。
「なんだこれ……神聖な感じがする……」
最初は静かに、祈るように。
けれど次第に歌声が重なり、私の声に呼応するように、力強いコーラスが広がっていく。
そして、曲が激しく一転する!
重厚なオルガンの音が軽快に跳ね上がり、手拍子を誘うポップでパワフルなゴスペルへと弾けた。
「みなさん、一緒に手拍子をお願いします!」
アンが光の魔法を発動させ、夜空に舞う火の粉と交ざり合ってキラキラと輝く光の粒を広場全体に散らす。
「ハレルヤ!」
私の歌声に合わせて、人狼たちの大きな手と耳が一斉にノリノリで手拍子のリズムを刻み始めた。
「なんだこれ! めちゃくちゃおもしろいぞ!!」
「これが人間の曲!?」
「手と体が勝手に動くーっ!!」
大地を揺らす手拍子と、獣たちの楽しそうな咆哮。
歌い終わる頃には、広場全体が割れんばかりの熱気と大歓声に包まれていた。
「いいぞー! もっと歌ってくれー!」
「お前最高だなー!!」
「では、もう一曲歌わせていただきます!」
次に流れ出したのは、大地を揺らす激しい太鼓と笛の重低音。
身体の奥底に直接響くような、圧倒的に熱狂的なサンバのリズムだ。
焚き火の炎がゆらりと大きく揺れ、里の空気が一瞬で“カーニバル”へと塗り替えられていく。
次の瞬間――
ドン、ドン、ドドン!
乾いた太鼓と笛の音が、夜の広場に響き渡った。
このリズムを聴いた瞬間、私の身体は勝手に動き出す。
「来たぁ――っ!」
私は羽織っていた上着を思い切り脱ぎ捨てた。
焚き火の光に照らし出されたのは――
鮮烈なイエローからオレンジ、レッドへと燃え上がる太陽のようなサンバ衣装。
偏光メタリックの素材が、舞い散る火の粉を受けてスパンコールのようにキラキラと輝く。
ショートパンツはロイヤルブルーのコンプレッション素材で、激しいダンスにもバッチリだ。
人狼たちの目が一斉に見開かれた。
「うおおおおお!!!」
「なんだその格好!!」
「人間なのに……俺たちより腰のキレがあるぞ!!」
脱ぎ捨てられた上着を慌てて拾い上げながら、ジークは琥珀色の目を限界まで見開いて顔を真っ赤にしていた。
「ミ、ミュウッ!!? その服は……布切れではないか!! 肩も胸元も脚も出しすぎだぞっ!!」
ジークが何か大声で叫んでいるけれど、凄まじい歓声と大音量の音楽で全く聞こえない。
私はサンバの軽快なステップを踏み、腰を前後に振り、砂塵を巻き上げながら全身で踊る。
一人が踊り出すと、もう止まらなかった。
二人、三人と輪に加わり、やがて広場のあちこちで人狼たちが肩を組み、跳ね、尻尾を振り始める。
「もっとだーっ!」
「回れ回れーっ!」
「人間のお嬢ちゃん、最高だぞーっ!!」
いつの間にか、踊っているのは私だけじゃない。
ステラさんが華麗に腰を振り、アンが両手を上げて飛び跳ね、ルプスは誰よりも速く広場を駆け回っている。
「はははっ! 最高だ! 踊れ踊れー!」
「族長! 今年の誕生日、最高すぎるぞー!」
「楽しいー!!」
「おい人間! じっとしてねぇで、お前も踊れー!!」
「お、俺もか……!?」
ジークの顔が引きつった。
彼も族長に強引に腕を引っ張り出され、戸惑いながらもぎこちないステップで必死に踊っていた。
――人狼の里が、完全にリオのカーニバルになった。
曲が終わり、割れんばかりの拍手と歓声の中、私は広場の隅で息を整えていた。
「……まったく……その衣装……布が……布が少なすぎる……」
ジークがブツブツと文句を言いながらも、素早く上着を羽織らせて肩を包んでくれる。
「ありがとう。でも、ジークもすっごく楽しそうに踊ってたよ?」
「なっ……あ、あれは族長に無理やり引きずり出されたのだ……!」
ふふ、と笑っていると――
満足そうな顔をした族長が近づいてきた。
「もう踊らなくていいんですか?」
「おう、充分だ! 里のみんながあんなに楽しそうに笑ってるのは久しぶりだ。……ありがとうな」
「そう言っていただけて良かったです」
族長は深く頷くと、ポケットから一枚のくしゃくしゃになった古い紙切れを取り出した。
「お前にこれをやろうと思って持ってきたんだ」
「これは……?」
「昔、森の奥で偶然拾ったんだが……なんか不思議な力を感じてな。俺の宝箱に仕舞い込んでたんだ。書いてある文字は読めねぇんだが……お前に渡さなきゃいけない気がしてさ」
差し出された紙を受け取り、そこに記された不思議な文字に目を落とす。
――そこには。
『クゼ・クゼ・トツォ・ザトラ』
「……なんだろう、これ」
私には読めないはずの文字だった。
なのに――
なぜか、その文字を見た瞬間。
胸の奥が、ドクン、と大きく鳴った。
「ミュウ?」
ジークの声が聞こえる。
私は紙から目を離せなかった。
この文字を、私は知っている。
いや――知っているはずがないのに、知っている。
――創生の女神が住まうと言われる、はるか雲上の塔の上の世界。
そこへ行け、と。
まるで、紙そのものが私に告げているようだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
カーニバルと化した誕生祭でした。書いていてとても楽しかったです。
次回は【9/27(日)19:00】に更新予定です。
塔の上の世界に行きます。




