『失われた古代技術』――伯爵邸で現代服とボールペンが大絶賛される件
馬車が並木道を抜けると、淡い石壁の立派な屋敷が姿を現した。
ローゼンタール伯爵邸。
歴史の重厚さと、どこか人を迎え入れる温かさが同居している。
手入れの行き届いた庭園では色とりどりの花が風に揺れていた。
ここが、マリアを育んだ場所なんだ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。マリアのお家なんだし」
リサは軽やかに微笑むけれど、伯爵家への訪問なんて初めてで、どうしても肩に力が入る。
白砂のアプローチの先には、繊細な模様の鍛鉄バルコニー。重厚な木製の双開き扉。
控えめな彫刻と季節の花々が、邸宅の品格を静かに語っていた。
……うん。
やっぱり緊張する。
「ようこそおいでくださいました」
扉が開き、白髪の老執事が深々と一礼した。
「お久しゅうございます、ジークフリート様、アンゲーリカ様、リサ様。そして……美優様とお見受けいたします。お噂はかねがね伺っております」
無駄のない、完璧な所作。
リサが事前に訪問を伝えてくれていたらしい。
私も慌てて頭を下げる。
その隣で、アンがすっと背筋を伸ばした。
いつもの無邪気な雰囲気とは違う。
足の運びも、手の位置も、顔を上げるタイミングも自然すぎるほど洗練されている。
……やっぱり、王家の血筋って隠しきれないのかな。
そんなことを考えながら、私たちは応接間へ案内された。
その応接間は、外観の重厚さとは裏腹に、柔らかな陽光と静けさに満ちていた。
磨き抜かれた木製の調度品が琥珀色の光沢を放ち、上質なソファは緊張した身体を優しく包み込む。
「それにしても……皆様のお召し物は、実に見事でございますな」
席につくなり、執事がジークとアン、そして私の服へ視線を向けた。
「失礼ながら、どちらの国の、どの仕立て師がお作りになったものなのでしょう?」
「えっ……?」
来た。
服の話だ。
ジークはチャコールグレーのテーラードジャケットに白シャツ。
細身のスラックスと磨かれたローファー。
まるで名家の跡取りのような洗練された佇まい。
確かに、異世界の服として見ればかなり変わっている。
アンはボルドーのジャンパースカートに白いレースのブラウス。
ショート丈ボレロと黒のストラップシューズ。
髪はアップにしてベロアのリボン。
私はネイビーのフレアワンピース。
パフスリーブに小さなパールの襟飾り。
……改めて見ると、確かにちょっとお嬢様っぽい。
「これほど滑らかで均一な織り……」
執事が生地を眺めながら感嘆する。
「まさか、『聖域』でしか生み出せぬと噂される高級魔導衣では……?」
「えっ、いえ、その……」
ジークとアンは完全に知らん顔。
私だけが必死に笑顔を作る。
「……まあ、そんな感じです。ホホホ……」
何が「そんな感じ」なんだ。
「この軽やかさと美しさ……」
執事はまだ服から目を離さない。
「我が主がご覧になれば、仕立て師を探し出してでも注文したいと仰るでしょうな」
まずい。
このままだと服の出どころを延々と聞かれる!
私は慌ててバッグから手土産を取り出した。
「……心ばかりですが、マリアンネさんにお見舞いとしてお菓子を持ってきました」
――マリアンネ。
今日、リサから初めて聞いた彼女の本名。
普段は親しい仲間から愛称の“マリア”で呼ばれているらしい。
だから私もずっとマリアと呼んでいたけれど……改めて本名を知ると、彼女が伯爵令嬢であることを少しだけ実感する。
「マリアンネ様へのお見舞いでございますか。ありがとうございます」
執事が恭しく箱を受け取った。
「これは……」
蓋を開けた瞬間、執事の目が見開かれる。
「なんと……美しい……まるで、夜明けの空を閉じ込めたようですな……」
中に入っているのは、透明なガラス容器に入れたグラデーションゼリー。
淡い色が斜めに重なり、まるで小さな宝石を閉じ込めたように輝いている。
「どちらの名店でお求めに?」
「えっと……私が作りました」
「……お作りに……?」
執事の声が裏返った。
「はい。そんなに難しくないですよ。斜めにして固めるだけなので」
「……当家の料理長が聞けば、卒倒するやもしれませんな」
「よかったら作り方を書いておきますね」
私はバッグからメモ帳とボールペンを取り出した。
サラサラサラ……。
「…………」
執事の動きが止まった。
「……こちらは……?」
「ボールペンです」
「……」
執事はボールペンと紙を交互に見つめる。
「……これほど薄く、均一な紙……しかも羽根ペンもインク壺も使わず、これほど滑らかに文字を……」
完全に固まっている。
そして恐る恐る、私が書いたレシピを両手で受け取った。
「長年、執事としてお仕えして参りましたが……これほど驚嘆いたしましたのは初めてでございます」
……そこまで!?
私、ただメモ帳とボールペンを出しただけなんだけど。
執事は宝物でも扱うかのように凝視していた。
「失礼いたします。旦那様と奥様がお見えです」
別の使用人が告げる。
やがて扉が開き、ロマンスグレーの紳士と、扇を手にした気品ある女性が入ってきた。
ローゼンタール伯爵夫妻。
マリアのご両親だ。
「突然の訪問、失礼いたします」
ジークが一歩前へ出る。
背筋を伸ばし、優雅に一礼した。
「ローゼンタール伯爵、奥様。ジークフリートでございます。マリアンネ殿のご容体を案じ、参上いたしました」
完璧だ。
元貴族で、元王宮騎士。
こういう場では本当に強い。
アンもまた、自然な所作で優雅に礼をした。
私も慌てて続く。
現代礼法の講義を思い出し、最も美しい角度で礼をした。
「突然の訪問をお許しください。美優と申します。
マリアンネさんの快癒を願い、心ばかりですが、お見舞いの品を持参いたしました」
「ご丁寧な挨拶、痛み入る」
伯爵は穏やかに頷いた。
……と思った次の瞬間。
伯爵の視線がジークへ向く。
「ところで……その立ち姿、実に見事だな」
伯爵の目が鋭くなる。
「肩の位置、重心の置き方、歩法……剣を扱う者の身体だ」
ジークがわずかに目を細めた。
「ジークフリート殿。冒険者など辞めて、我が家の騎士団に加わる気はないか?」
「……お誘い、ありがたく存じます」
ジークは静かに頭を下げる。
「ですが、今の私は仲間と共に旅をする身。お気持ちだけ頂戴いたします」
「そうか」
伯爵は笑った。
「残念だ。……まあ、半分は冗談だがね」
いや。
絶対、半分以上本気だったよね!?
すると今度は、伯爵夫人が私たちの服へ視線を向けた。
「まあ……なんて美しいお召し物でしょう」
夫人がアンの服へ近づく。
「この布地……これほど軽やかなのに、まったく型崩れしておりませんのね」
「ええ、そうなのです。すごく動きやすいですよ」
アンがくるりと回る。
スカートがふわりと広がった。
伯爵夫人の目が輝く。
「なんと愛らしい……それに、この縫製……見事ですわ」
今度はジークへ。
「殿方のお召し物も素晴らしいですわね。肩の仕立てがとても美しいですこと」
「ありがとうございます」
ジークも少し嬉しそうだ。
……よかった。
服を持ってきた甲斐があった。
「しかし、この生地はいったい……」
伯爵夫人が首を傾げる。
「どちらの国で仕立てられたものなのかしら?
動くたびに魔法の光を反射しているように見えますわ。
このシワ一つ寄らない生地……」
「ええと……」
また来た。
服の出どころ問題!
さらに伯爵が私のバッグへ目を留めた。
「……美優殿。その鞄の金具は何だ? 古代遺跡の発掘品か?」
「え?」
「触れただけで開閉するのか?」
「ファスナーです」
「ふぁすなー……?」
伯爵夫妻と執事が顔を見合わせる。
……しまった。
この世界にはファスナーもないのか。
「それに、ジークフリート殿の服も興味深い。肩の形が実に美しいが、内部に何か特殊な構造があるのか?」
「えっ……」
ジークまで質問攻めになった。
「この服の縫製はどうなっている?」
「いや、それは……」
珍しくジークが困っている。
アンは楽しそうにくすくす笑い、リサは必死に笑いを堪えて肩を震わせている。
どうしよう。
私は脳をフル回転させた。
「ええと……これは……」
そして、苦し紛れに口にする。
「代々伝わる『一子相伝の魔導布』なんです!」
「一子相伝の……魔導布?」
「はい!」
もう後には引けない。
「使うほどに着る人の魔力に馴染んで、長く使っても傷みにくいのです!」
「なんと……」
伯爵の目が輝く。
「それほどの技術が……」
「ただ、その職人さんはもう隠居してしまって……」
「……失われた技術、ということか」
「そ、そうです!」
「まあ……なんということでしょう……」
伯爵夫人まで悲しそうに胸元へ手を当てる。
「これほど素晴らしい技術が失われてしまったなんて……」
「まことに惜しいことでございます……」
後ろでは、執事まで目を潤ませている。
……ごめんなさい。
これ全部、近所のショッピングモールで買いました。
私は心の中で土下座した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
伯爵邸で質問攻めになる美優とジークでした。
次回は【8/23(日)19:00】に更新予定です。
マリアの病気が判明します。そして新たな展開へ。




