異世界でチキンタツタ!? 絶品バーガーと魔性のお煎餅、そして伯爵邸へ!
銀行と学院は離れているため、急ぎ足で向かう。
「じゃあ、帰る時間ぐらいにまた来るからね」
「一人でフラフラ帰るなよ」
「うん、ありがとう。行ってきます!」
ジークとアンに見送られ、学院へ入った。
「美優!」
講義室に入るなり、リサが駆け寄ってきた。
「昨日はどうなさったの? いらしていなかったから、心配していたのよ」
「ありがとう、リサ。実はね……」
周囲を確認してから、小声で手短に説明した。
「まあ……西エリアから隣国へ誘拐……大事件じゃないの!」
リサが目を丸くした。
「あの魔導具店、怪しいと噂されていたのよ。もっと早くお伝えてしておけば良かったわ!」
さすが情報通・豪商の娘リサ。警備隊が動くより先に、街の裏事情まで掴んでいたらしい。
「警備隊にも言ってきたよ。午後のレッスンでカサンドラ先生にも話すつもり」
「……本当に、大変だったのね……無事で良かったわ」
リサは少し眉を寄せる。
「美優は『紫の目』を持っているうえに、その珍しいお召し物まであるでしょう? 自分が狙われやすいという自覚を、もう少し持ってちょうだい」
「うん……気をつけるね」
少し厳しいけれど、そこに心配が滲んでいる。
リサの“温かい怒り”に、張り詰めていた気持ちがふっとほどけた。
講義が終わり、二人で二階のレストランへ向かう。
昨日の今日なので、今日は簡単に済ませるつもりだった。
ところが――
「美優、今日はこれよ!」
リサが、いつもの豪華なお弁当箱を取り出した。
「えっ?」
「料理人に、美優から聞いた料理を再現してもらったの。ぜひ感想を聞かせてほしくて」
蓋を開けると、香ばしい匂いがふわりと漂ってくる。
「今日は『はんばーがー』と『くろわっさんさんど』よ。美優が教えてくれたものに、できる限り近づけたそうなの」
「うわあ、二つも……! ありがとう、リサ。いただきます」
私はまず、ハンバーガーを手に取った。
ふわりとした丸いパン。
その間から覗いているのは、こんがり焼かれた鶏肉と、鮮やかな緑の葉野菜。
白いソースが艶やかに絡み、表面には香ばしい胡麻まで散らされている。
「いただきます……!」
一口かじった瞬間――
「……おいしい……!」
思わず声が漏れた。
甘辛いタレをまとった鶏肉は、噛むたびに肉汁が溢れるほどジューシー。
まろやかな自家製ソースとシャキシャキのレタスが、その濃厚な味をほどよく引き締めている。
そして何より、パンが美味しい。
ふんわり柔らかいのに、表面には香ばしい胡麻の風味。
「これって……!」
「そう。料理人が『和風』に仕上げたのですって」
「すごい再現度……! 本当においしいよ、リサ!」
「ふふ。お気に召して良かったわ」
リサも嬉しそうに微笑む。
「東方貿易で手に入れた、珍しい発酵調味料と甘味酒を使ったそうよ。美優の説明を聞いて、味を想像しながら試行錯誤したらしいわ」
「料理人さん、すごい……!」
異世界の食材で、ここまで近づけるとは思わなかった。
「次はこちらね!」
リサに勧められ、今度はクロワッサンサンドを手に取る。
見た目はシンプルなのに、持ち上げただけで何層にも重なった生地がかすかに軋む。
ぱくり。
――パリッ。
「わっ……!」
薄い生地が口の中で軽やかにほどけ、バターの香りがふわっと広がる。
中には、ほくほくしたじゃがいもと、なめらかなソース。
「これもめちゃくちゃおいしい……!」
「本当?」
「うん! こっちは上品で高級な味。料理人さん、天才だよ!」
「まあ、嬉しいお言葉」
リサは満足そうに胸を張る。
「美優が『天才』と褒めていたと伝えたら、料理人もさぞ誇らしいでしょうね」
「うん、ぜひ伝えて! 今度、お礼に新しいレシピのアイデアを持ってくるね」
「まあ、それは楽しみだわ」
リサの目が輝いた。
……料理の話になると、本当に嬉しそうだなあ。
美味しいランチを堪能したところで、私は鞄から白い個包装の袋を取り出した。
「今回もまた、お菓子を持ってきたんだよ。リサも食べてみて」
「まあ! また素敵な小袋ね」
リサが興味津々で受け取る。
「中には……丸いお菓子が入っているのね?」
「うん。おせんべいだよ」
リサが丁寧に袋を開ける。
そして、中から白いおせんべいを取り出した瞬間――
「……まあ」
目を見開いた。
「なんて美しいの……!」
「え?」
「まるで、本物の雪を閉じ込めたみたいだわ……!」
白いせんべいの表面に広がる、薄く繊細な砂糖蜜。
こちらの世界では珍しいお米のお菓子ということもあって、リサには魔法の芸術品のように見えるらしい。
「まさか……氷結の魔術で雪を固めて作ったの?」
「違う違う!」
思わず笑ってしまう。
「これは砂糖蜜だよ。お米をつぶして薄く伸ばして焼いて、その上にかけてあるの」
「お米を……焼いて?」
「うん。こっちでは、お米ってどうやって食べるの?」
「東方から輸入されたお米は高級品よ。スープに入れて煮込んだり、柔らかく炊いたりするのが一般的ね」
リサは白いおせんべいをじっと見つめる。
「まさか、こんなふうに薄く焼いて、お菓子にするなんて……」
「へえ。じゃあ、こっちではあまりお米のお菓子ってないんだ」
「ええ。少なくとも私は知らないわ」
リサは少し緊張した様子で、おせんべいを口に運んだ。
「……!」
ぱりっ。
小気味よい音が響く。
リサの目が、さらに大きく見開かれた。
「……なに、これ……!」
「おいしい?」
「おいしいなんてものじゃないわ!」
リサは二口、三口と夢中で食べていく。
「お米の香ばしさと、ほんのりとした塩気……そこに甘い砂糖蜜が重なって……!」
まるで新しい料理の研究をするように、真剣な顔で味わっている。
「甘いのに、甘すぎない……。この塩気があるから、また次の一口が欲しくなるのね……!」
「そうそう! それが美味しいんだよ」
「この繊細な食感に、この味の組み合わせ……!」
リサはおせんべいを見つめた。
「美優。あなたの故郷には、一体どれほどのお菓子職人がいるの……?」
「いや、これスーパーで普通に買えるお菓子なんだけど……」
「……すーぱー?」
「えっと……なんでもない」
日本ではごく普通のお菓子。
でも、この世界では珍しいお米と砂糖を使った、未知の高級菓子。
そう考えると、なんだか面白くなってくる。
「ねえ、こっちには塩気のあるお菓子ってないの?」
「塩漬けのナッツやチーズならあるけれど……『お菓子に塩気を加える』という発想は、あまり聞かないわね」
「じゃあ、リサのところで再現できないかな?」
私は残りのおせんべいを差し出した。
「これ、持って帰っていいよ」
「まあ、本当に? ありがとう!」
リサは大事そうに袋を受け取った。
「これは研究する価値があるわ。もし再現できたら……新しい菓子市場が生まれるかもしれないわね」
「そんなに!?」
「ええ。甘いだけではない新しいお菓子ですもの」
リサがにっこり笑う。
「……美優、あなたの故郷の食文化、もっと教えてちょうだい」
「もちろん! 私もこっちの料理をもっと知りたいし、お互い交換しようよ」
「まあ、それは素敵ね!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
お菓子談義がひと段落すると、リサの表情が少し曇った。
「そういえば……マリアのことなのだけれど」
「うん。私も気になってた」
「マリアは『ぎっくり腰の療養』と言っているけれど……少し長すぎるのよ」
リサは心配そうに眉を寄せる。
話によれば、二人は冒険者になる前からの幼馴染らしい。
「調子もあまりよろしくないようなの。だから、今日お見舞いに伺おうと思っているのよ」
「私も行きたいな」
「もちろん。ぜひ一緒に行きましょう」
そう言ってから、リサがふと私の服を見る。
「……ただ、美優。その格好で伯爵家へ行くつもり?」
「着替えたいかな」
「美優のお洋服はいつ見ても素晴らしいわ。でも、伯爵家への訪問となると、もう少し改まった装いの方が安心ね」
「うん、私もそう思う」
パーカー姿で伯爵邸。
私でもちょっと気が引ける。
「では、わたくしが馬車で宿まで迎えに行くわ」
「ありがとう、リサ!」
「ふふ。お見舞いなのだから、そんなに堅く考えなくても大丈夫よ」
午後の個人レッスンを終えて学院を出ると、ジークとアンが迎えに来てくれていた。
少し離れたところには、護衛のオスカーさんとカトリンさんの姿もある。
「リサと一緒にマリアのところに行くの?」
アンもジークも、マリアと仲の良いリサと面識があるらしい。
「うん。ギックリ腰にしては長いし……気になってたから」
「私も行きたい!」
アンが元気よく手を挙げた。
「マリアのお屋敷、行ってみたいなあ」
「俺も行きたいところだが……」
ジークが自分の服を見る。
「貴族の屋敷へ行くとなると、服装を考えねばならんか」
「ジークの言いたいこと、分かるよ」
私も苦笑する。
「ちゃんとした服じゃないと失礼だもんね」
「それなんだよな……」
二人が揃って悩んでいるのを見て、私はふと思いついた。
「ねえ。私の持ってる服で行ってみない?」
「「え?」」
「従姉妹の忘れ物が、まだ車に積んであるんだ」
「ミュウの異世界服!?」
アンの顔がぱっと輝いた。
「いいね! 面白いことになりそう!」
「『聖域』で仕立てたような上等な服だしな……それなら問題ないかもしれん」
「じゃあ決まり!」
人通りのない空き地まで移動し、車を大きくして荷物を取り出す。
「本当にミュウの『クルマ』って、なんでも入ってるよねー」
「……毎回驚かされるな」
「もう、さすがに珍しいものはないと思うよ」
――便利な現代品を補給できる場所があればいいのになあ。
そんなことを考えながら、私たちは着替えを済ませた。
しばらくして、豪華な馬車がこちらへ近づいてきた。
「お待たせ、美優」
「リサ! ジークとアンも行くことになったよ」
「まあ!」
馬車から降りたリサが、二人を見る。
「ジーク、アン、お久しぶりね。お元気だった?」
「めっちゃ元気! ありがとうー!」
「まあ、なんとか過ごしている」
「それにしても……」
リサは私たちの服を見て、目を丸くした。
「……素晴らしいお召し物ね。わたくしも、もう少し着飾ってくれば良かったかしら」
今日のリサは、品の良いワンピースに小さな花束を携えている。
「変かなあ? ちゃんとして見える服にしたんだけど」
「変どころか、どこぞの名家のお嬢様かと思ったわよ」
リサは私たちの周りをぐるりと回り、興味津々に服を観察する。
「美優のお洋服は見慣れていたつもりだけれど……改めて見ると、本当に不思議ね。その生地、魔法の光を反射しているみたい」
「ふふーん。いいでしょー?」
綺麗めのワンピースを着たアンが、得意げに胸を張る。
「恐ろしく動きやすい。これなら戦うこともできそうだ」
ジャケット姿のジークも、仕立ての良さを気に入ったようだ。
「二人とも、似合ってるよ」
「でしょう?」
リサが楽しそうに笑う。
「それでは参りましょう。マリアも、きっと喜ぶわ」
「うん!」
リサからの質問攻めを受けながら、私たちは馬車へ乗り込んだ。
向かう先は――マリアが暮らす伯爵邸。
療養中の仲間が待つ屋敷へと、私たちは揃って向かった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
リサとの楽しいランチ、そして伯爵邸へ向かいました。
次回は【8/19(水)19:00】に更新予定です。
伯爵邸で美優たちの服装が質問攻めにされる話です。




