『我が光よ』黒歴史を永久保存!? 録音魔石と異世界銀行デビュー!
宿屋に戻ると、たった一日しか経っていないのに妙に懐かしくホッとした気持ちになった。
ジークが無事に部屋へ入るのを見届け、アンにも挨拶して自分の部屋へ向かおうとした時――
「……ミュウ。ひとつ、言っておきたいことがあるの」
いつもの明るさとは違う、静かで真剣な声。
振り返ると、アンの瞳には見たこともないほど深く、鋭い光が宿っていた。
「ジークは自分で家を出たんだよね。私はね…… 帰りたくても帰る家がないの。私の国は、ある朝、地図から消えていたから」
「アン……?」
アンはゆっくりと息を吐き、宿屋のドアを見つめた。
「みんなは『禁忌に触れた神罰』だって言っている。……でも本当は、誰かの欲望のせいだったのかもしれない……」
「……」
「お父様もお母様も、あの日から一度も会えていない。私はまだ、魔法の杖も持てないくらい小さかったのに」
その声は震えていたけれど、折れない芯の強さもあった。
「ミュウの世界にも、もう帰れない国ってある?
……私、本当はね、アンじゃないの。アンゲーリカ・ド・ヴァリ・エール。滅びた王家の末裔……
でも、今は“アン”がいい……私を育ててくれたおじいちゃん……師匠がくれた、大好きな名前だから。
アンとして、ミュウの隣にいたいの」
伏せられたアンの睫毛が、かすかに震えている。
「……うん。アンは、私の大事な仲間だよ。本名が何だって、それは変わらないから」
「ふふ……ありがとう……いつかあの国を滅ぼした原因を突き止めて、両親を探し出すために……私は必死で勉強して特待生になったの。
……明日になったら、今の話は忘れていいよ……
でも――もし私がいつか、あの国を取り戻そうとしたら……その時も、私の隣で歌ってくれる?」
「うん……! 私はアンのためなら何度でも歌うよ」
「ありがとう……おやすみ、ミュウ」
「おやすみなさい、アン」
小さな背中を見送りながら、私は彼女の背負うものの大きさに静かに想いを馳せた。
大浴場で体を温めながら、今日の出来事を思い返す。
誘拐、脱出、ライブ、ジークの誓い、アンの切ない過去――
濃すぎる一日だった。
ジークとアンのことを考える。二人のために、何かできたらいいな。
そんなことを、考えていたら、つい長湯をしてしまった。
その夜、またあの夢を見た。
アルトとリアーネ、そして私の三人で、笑いながらドレスを選んでいる夢。
騒がしくて愛おしい日々に、胸がぎゅっと締めつけられた。
朝になり、階下へ降りると――アンは元気いっぱい、ジークは机に突っ伏して頭を抱えていた。
「ミュウ、おはよー! よく眠れた?」
「おはよう、うん、バッチリだよ。ありがとう。アンは大丈夫?」
「良かった!私は元気いっぱいだよ!」
いつもの無邪気なアンに戻っていてホッとした。
「ジーク、昨日……飲みすぎていたけど大丈夫?
解毒の呪文をかけようか?」
「俺は……何かとんでもないことを言っていたようだな……」
「ああ……」
「ミュウ! 昨日の最高傑作、流すね!」
アンがニヤニヤしながら魔石を操作すると――
『我が剣、我が命……すべては貴女の御心のままに……』というジークの気高く甘い声が朗々と響き渡った。
「我が光……とか言ってたんだよ! 膝ついて手にキスしてさ、最高にキマってたよね!」
「その魔石は今すぐ没収だ……いや、破棄しろ……!ミュウ、頼むから忘れてくれ……」
「ふふ、うん……秘密にしておくね」
顔を真っ赤にして身悶えするジーク。でも、私はもう少しだけジークの過去のことも知りたいな、なんて思った。
朝ごはんの雑炊を食べ終え、銀行へ向かうため宿を出ると――三十代くらいの男性と二十代くらいの女性が、深々と頭を下げてきた。
「エネオノーレ様の命により、本日より美優様の護衛を務めます。オスカーと申します。よろしくお願いいたします」
「私はカトリンと申します。よろしくお願いいたします」
「ええー! エネオノーレ、手が早い!」
オスカーさんは地味な外套の行商人風。しかし目は鋭く、隙がない。
カトリンさんはローブ姿の女学生風。柔らかい雰囲気なのに、体内に秘めた魔力の気配が凄まじい。
「どういうことだ?」
「誰なの、ミュウ?」
「昨日の、薫のファンクラブ会長さんが私に護衛をつけたみたい。“不自由をさせないように”って言ってたけど……」
「なんだそれは……身元の知れぬ護衛は信用できん。俺たちがいる」
ジークが凄むと、二人は困ったように苦笑いを浮かべた。
「しかし……エレオノーレ様より『美優様に指一本触れさせるな』と厳重に申しつかっておりますので……」
「ご安心ください、極力目立たないように追従いたします」
「もうほっといていこうよ! ミュウ、遅刻しちゃうよ」
「うん……それじゃあ、よろしくお願いします」
不機嫌そうに殺気を飛ばすジークと、遠巻きに忍びのように尾行してくる二人の護衛。
……これから寄り道するのも一苦労しそうだなぁ。
「……隠れているつもりだろうが、殺気が漏れている。ミュウ、あいつらに近づくな……というか、俺がいるのに余計な真似を」
「街に溶け込むプロフェッショナル、って感じだよね」
「うーん……」
銀行は巨大な石造りの神殿のようだった。
ジークによれば世界最大級の銀行で、王族や大貴族も利用しているらしい。
入口で待ち合わせていた薫と合流する。
「おはよう、美優。昨日はよく眠れたか?」
「おはよう。うん、薫は大丈夫?」
「問題無い。もう完全回復したな」
「良かったー」
「実は……エレオノーレが本当に家を買ってしまって……今朝引っ越したんだ……」
「ええ!? もう?早すぎるよ!部屋の解約とかは……?」
「大家が腰を抜かすほどの金貨袋で黙らせ、その場で解約手続きを完了した……まあ、特に愛着ある家じゃないからいいが……」
「……お嬢様パワー、恐ろしいね……」
吹き抜けの天井に怪しげな魔導ランプが吊るされた重厚な店内を見回していると――遠くから猛スピードの足音が響いてきた。
「おはようございます! 美優様、薫様! お待ちしておりました!」
残像が見えるほどの速度で滑り込んできたのは、昨夜のシュパールさんだ!
「昨夜はぐっすりとお休みになれましたでしょうか?さあさあ、こちらの最上級応接室へどうぞ! 最高級のハーブティーをご用意しております!」
本当に待っててくれたんだ……
案内された応接室は貴賓室のような豪華さで、パーカー姿の私は少し気後れしてしまう。
「あの……シュパールさん……? こんな格好で来てすみません……」
「何を仰いますか、美優様! その未知なる機能性と美しさを兼ね備えたお召し物は、どこへおいでになられても誇るべきもの! 王都の貴族の方々とて喉から手が出るほど欲しがる品にございます!」
べた褒めされて少し照れてしまう。
「口座開設の手続きだが、私たちの故郷みたいに、紙に住所や名前を書けばいいのだろうか?」
薫が尋ねると、シュパールさんはニヤリとしながら胸を張った。
「いいえ! 当行ではそのようなお手数はおかけいたしません! まずはこちらの『魔力登録用水晶』に、触れていただきます!」
薫と私が水晶に触れると、水晶がポッと柔らかい光を放った。
「素晴らしいです! これでお二人の『魔力印鑑』が登録されました! 偽造も盗用も不可能な、世界一安全な印鑑でございます!」
シュパールさんは風のように奥へ走り去り、数秒で戻ってきた。
「お待たせいたしました! こちらが当行特製の『魔導通帳』と『プラチナキャッシュカード』でございます!」
「うわあ……! カードがうっすら光ってる! 通帳を開いても白紙だけど……」
「フフフ……美優様、カードを通帳にかざしてみてください」
カードをかざすと――
白紙だった羊皮紙の上に、金色の文字で『お預かり残高』と金額がパッと浮かび上がる。
「すごーい! 電子通帳みたい! 金色の文字が出てきたよ薫!」
「へえ……通帳もカードもその場で発行されるとは。 私たちの国よりよほど早いな」
「日本なら後日郵送なのにね」
シュパールさんはドヤ顔で胸を張っている。
「これで昨夜の大金貨は、当行の地下奥深くにある絶対不可侵の『極大魔術金庫』へと厳重に格納されました! ナニヴァル市内の提携魔術商店であれば、こちらのカードを提示するだけで残高から直接お支払いが可能でございます!!」
「あ、あの……ちなみに、この通帳とカードの発行手数料っておいくらですか?」
ふと思い出して私が尋ねると、シュパールさんは揉み手をしながらニコニコと微笑んだ。
「ははっ、ご安心ください! 通常であれば魔導カードと通帳の発行手数料として大銀貨ニ枚頂戴するところでございますが……本日、これほどの大金を一括でお預け入れいただいたお客様でございます! 手数料は『初回限定サービス、全額無料』とさせていただきます!!」
「無料でいいんですか!?」
「もちろんでございますとも! 当行の特別なお客様への当然の配慮にございます!」
「わかりました、色々ありがとうございました」
「本日はありがとうございました! 今後ともナニヴァル中央魔術銀行を、よろしくお願いいたします!!」
深々と頭を下げるシュパールさんに見送られ、お礼を言いながら私たちは銀行を出た。
「私はこれから学校なんだ」
「私はバイトだ」
「それじゃあ、また何かあったら連絡するね」
「うん、近々、例の家に来てほしい」
「あはは、わかった。楽しみにしてるね」
「それじゃ」
「うん、またね」
手を振り返し、私は学院へ、薫はバイト先へと向かって歩き出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
アンの過去判明、翌朝のジークの様子(笑)、護衛紹介、私のお気に入りのシュパールさんの銀行へ口座開設でした。これで大金も安心です。
次回は【8/16(日)19:00】に更新予定です。
魔術学院のお昼休み、リサとの会話でぎっくり腰だったマリアのお見舞いに行きます。




