【番外編】薫様のためなら邸宅くらい購入いたしますわ! ~ファンクラブ結成初日の大騒動〜
わたくしはエレオノーレと申します。
オオサキア王国第二の都市ナニヴァルに代々続く、伯爵家の娘でございます。
本日は――
生涯忘れ得ぬ出来事がございました。
幼馴染のイザベルと広場を通りかかったところ、あまりにも眩い光景が目に飛び込んできたのです。
清らかな容貌の女性お二人。
魔法で織ったとしか思えぬ上質なお召し物。
見たことのない神秘的な音色を奏でる弦楽器。
そして――聴く者の魂を激しく揺さぶる歌と、凛とした気品あふれる剣舞。
それこそは、まさしく古代の『聖域』の伝承にのみ語り継がれる、至高の歌巫女様と気高き騎士様そのもの。
わたくしもイザベルも、演奏が終わるまで身動き一つできませんでした。
この奇跡を、このまま一過性の興奮として終わらせては断じてなりません。
そう決意し、『お慕いする会』の設立を宣言した……まさにその瞬間。
天使様が現れたのです。
輝く金の髪、白い衣装、背に広がる純白の羽根。
涙を流しながら薫様へ駆け寄る姿は、あまりにも尊く、美しく、周囲の者たちの息を呑ませました。
薫様がその天使様――爽音様を抱き寄せ、震える背を優しく撫でられた時、わたくしたちは感涙を抑えることができませんでした。
すぐさま『お二人の聖域をお守りする会』へと発展させ、皆で祝賀会へ移動しようとしたところ、歌巫女である美優様に引き止められました。
「今は二人の魂の浄化が必要」
「主役不在のまま、聖域を愛でる決起集会を」
……なんて深く素晴らしいお考えなのでしょう。
最高品質の宿を手配する案も辞退され、お二人はご自宅へ帰られるとのこと。
勿論、お二人がお帰りになる移動先の安全は、我が家の従者たちに完璧に護衛・把握させております。
わたくしたち幹部は落ち着けるサロンへ移動し、薫様と爽音様の尊さを語り合う至福のひと時を過ごしておりました。
しかし、わたくしには許しがたいことがございました。
それは爽音様がこの街で巻き込まれたという、あまりにも卑劣な事件の真相――
ナニヴァルの不埒な悪徳貴族が「絵の依頼」と偽って彼女を招き入れ、あろうことか邸宅内に監禁・拘束しようとしたというのです。
震えながら「また見つかるかもしれない」と恐怖を漏らされた爽音様。
いつもの衣装を奪われ、裸足で逃げ惑うなど――到底許しがたい暴挙!
わたくしは爽音様に、
「どうぞご安心あそばせ。この件は、わたくしがお預かりいたします」とだけ微笑みかけました。
この件は速やかに然るべき手続きを取らねばなりません。
そして、美優様にも申し上げた邸宅の件。
ナニヴァルの宝である方々が落ち着いて活動できる場所を今夜中にご用意する必要がございます。
ナニヴァル不動産ギルド長の娘マルティナと、建築家一族の娘ナディヤが中心となり、作戦会議が始まりました。
「邸宅の選定なら、わたくしにお任せあそばせ」
マルティナが不敵に微笑み、サロンのテーブルにナニヴァルの秘密地図を広げました。
「父が、将来的に王族をお迎えするために市場に出さず秘蔵していた、家具調度品付きの最高級邸宅がございますの。街の中心に近く、それでいて閑静で、美しい庭園つき……即日入居可能でございますわ」
「素晴らしいわ、マルティナ! すぐにその物件を買い取ります。費用はロシュフェルト家の名において、今すぐ金貨で一括決済いたしますわ!」
わたくしの言葉に、今度はナディヤが熱気で瞳を輝かせながら身を乗り出しました。
「ではエレオノーレ様、防犯と防音の魔導具の設置は、我が建築家一族の息がかかった特級職人たちを今すぐ叩き起こして向かわせます! 薫様が夜中にどれほど激しく、美しいステップを刻まれても、音が漏れない完璧な『離宮』に仕立て上げてみせますわ!」
作戦が決まれば、行動は迅速。
時計の針はすでに深夜を回ろうとしていましたが、わたくしたちに眠気などという軟弱な概念は存在いたしません。
各々の実家へ早馬を飛ばし、信頼できるベテランの使用人たちを数十名、隠密裏に総動員いたしました。
「さあ皆様、ここからは時間との戦いですわ! ナニヴァルの宝を、薄汚れた場所に滞在させるわけにはまいりません!」
深夜のナニヴァルで、静かなる聖戦が始まりました。
マルティナが手配した鍵で邸宅を開け、総動員された使用人たちが、埃一つ残さぬよう一斉に床を磨き上げます。
ナディヤの職人たちが壁に次々と高度な防音結界を仕込んでいく中、イザベルは早くも暴走を始めておりました。
「エレオノーレ! 薫様のお部屋のクローゼット、わたくしが緊急で仕立て直させた白銀の王子様風ヒラヒラ衣装、とりあえず五十着ほど搬入いたしましたわ! ああ、薫様がこのベッドでお休みになると思うだけで息が……!」
「イザベル、不敬ですわよ。あとそのスペースには、美優様がお越しになった時のための最高級弦楽器ケースを置きなさい。それと、薫様の王子様服は百着ほどご用意いたしますわ」
東の空から清々しい夜明けの光が、完成された瀟洒な邸宅の窓を照らす頃。
そこには、完璧な防犯、完璧な調度品、そして大量の王子様服の山が整えられておりました。
疲れ果てるどころか、圧倒的な達成感で満ち足りたわたくしたちの前に、一人の従者が息を切らせて駆け込んできました。
「エレオノーレ様! 薫様が、広場のカフェで労働をされているとの情報が……!」
「な、なんですって……!? 宝である薫様に労働などという雑務をさせるなど、そのカフェの店長は万死に値しますわ! 今すぐ、そのカフェごと買い取りますわよ!」
「エレオノーレ、大変ですわ! 薫様のお部屋のクローゼット、わたくしの愛を込めた手刺繍のハンカチを忍ばせる隙間がありませんの!」
「イザベル、貴女は親衛隊の規律違反として薫様の姿絵を配給停止にしますわよ!」
「キャー! それだけはご勘弁を!」
なんと賑やかで、素晴らしい夜だったことでしょう。
わたくしたちの胸にあるのは純然たる愛と使命感のみ。
「いつか、会員が大きくなりすぎたら……この生ぬるい『お守りする会』は解散し、選び抜かれた者だけで構成された『親衛隊』を組織いたしますわ。わたくしは薫様の影となり、盾となるのです」
窓の外、夜が明けていくナニヴァルの街並みを見下ろしながら、わたくしは誇らしげに微笑みました。
爽音様が恐れていた貴族の件も、
父や王都の法務局、街警備隊へ証拠を提出し、正式な裁きが下るよう手配いたしました。
『王国の風紀とナニヴァルの治安を著しく乱した罪』として――
爵位の返上を命じられ、領地を没収され……
その貴族は家財道具を没収され、着の身着のまま荷馬車で領地外へ追い出される……ということです。
これで爽音様も、二度と恐怖に怯えることなく安心してお暮らしになれるはずです。
さあ、いつでもお帰りあそばせ。
わたくしたちが心を込めて調えた極上の楽園へ――
朝日を浴びながら、わたくしたちの『聖域をお守りする会』――のちの親衛隊の絆は、さらに強固なものへと昇華していくのでございました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
エレオノーレたちの怒涛の一夜でした。彼女のことも好きなので、番外編にできてうれしいです。
次回は【8/12(水)19:00】に更新予定です。
アンの過去と翌朝のジークの様子、そして美優たちは銀行へ向かいます。




