酔いどれ騎士の甘き誓い!? 五百万の投げ銭と、タイミングを計りすぎた銀行員
広場の熱気が少しずつ落ち着き、人がまばらになっていく。
人混みが引いたところで、見守ってくれていたジークとアンがこちらへ近づいてきた。
「ミュウ、すごいことになってたね!」
「うん……びっくりしたよ……」
ふとジークを見ると――度の高いお酒の瓶が、いつの間にか空になっていた。
ストレートで飲んでいたらしい。
強いのに大丈夫なのかな……?
「畏れながら、申し上げます。我が光よ」
ジークは淀みのない足取りで私の前へ進み出ると、流れるような所作でスッと左膝をつき、胸に右手を添える。
背すじを優雅に伸ばし、指先まで神経の行き届いた、洗練された動き。
泥酔しているとは到底思えないほど気高く、美しい。
……えっ、どうしちゃったの、ジーク!?
「このジークフリート、王宮の任を解かれ、野に下りし身なれど……貴女の歌声を聴き、悟りました。私の剣は、生涯、貴女を守るためにこそ振るわれるべきものだと」
ジークは私の震える手を優しく――しかし抗えない力で引き寄せる。
恭しく口づけを落とした。
その指先の扱いは、荒々しい剣士のそれではなく、極上の優雅さだった。
伏せられた長い睫毛が影を落とし、熱を帯びた琥珀色の瞳が私を見上げる。
「我が剣、我が命……全ては貴女の御心のままに……どうか、お受け下さい」
どうすればいいの、私……!?
息が止まりそうになる。
男の人から、こんなにも気高く熱い眼差しを向けられたのは初めてだ。
――いや、初めてじゃない。
夢の中のアルトも、こんな風に息が詰まるほど熱く私を見つめていた。
でもジークの瞳の奥には、熱気と共に、どこか胸を締め付けるような“深い孤独”が揺れている気がした。
私は戸惑いながらも、引かれた手を振りほどかず、そっと両手で包み込む。
「……ジーク。私は、あなたに命を捧げてほしいなんて思ってないよ。あなたがこの先ずっと、笑顔で幸せに生きてくれたら、それでいいんだよ」
ジークは一瞬だけ目を見開き――
ふっと、切なくて穏やかな笑みをこぼした。
「……やはり、貴女という方は……」
「ジークはね、前、王宮騎士だったんだよ」
背後から響いたアンの声に、私は弾かれたように振り向いた。
「えっ、そうなの?」
「泥酔すると理性のタガが外れて、昔の騎士の習性がそのまま出ちゃうの。……あ、ちなみに魔石で今の会話、バッチリ音声録音しておいたからね!」
「ええー!? ろ、録音!?」
「明日ジークが正気に戻ったら聞かせてあげるんだー。うん、最高の弱みが握れた!」
アンが楽しそうに笑う。
見れば、残っていた周囲の通行人たちも「おお、騎士様の求婚か!」「お熱いねぇ!」と面白がって拍手や口笛を飛ばしてきていた。恥ずかしすぎる……!
「ジーク、お願いだからそろそろ立って……! アン、どうしよう……!」
「仕方ないなあー。ほらジーク、巫女様がお疲れだよ。騎士なら主を休ませるのが仕事でしょ!」
「……!お、仰る通りだ。安らぎの地へお送りせねば……!」
よし、立った! 騎士の使命感ってすごい。
でも“安らぎの地”ってどこ……?
「アン、ちょっとの間、ジークの相手をしておいてね」
「えー、長くは持たないよ? 用事は手短にしてね」
アンにジークの手を引いてもらい、ひとまずこれで安心だ。
「なんか、待たせてごめんね、薫……」
「……いや。
ジークは元・王宮騎士だったのか……素晴らしい所作だったな。私もあのような気品ある佇まいを目指したいものだ……」
「薫はそのままで十分すぎるくらい格好いいよ……それじゃ、今日の投げ銭の精算をしようか」
「ああ。だが、だいたい半分でいい。主役は美優の歌だからな」
「そういうわけにはいかないよ! 薫の圧倒的な舞があったからこその大成功なんだから!」
脱出劇でヘトヘトな爽音にはフレーバーウォーターを渡しておいた。
「ありがとう……こういうの、向こうの世界以来で泣きそうにゃん……」
精神的にも疲れただろうし、少しでも癒しになればいいな。
しかし――このお金の山、どうやって数えるの……?
エコバッグに溢れんばかりの硬貨の山。
どう数えればいいのか頭を抱えていると、仕立ての良いスーツのような服を着た男が近づいてきた。
無駄のない完璧な所作で歩み寄り、羊皮紙に金箔で紋章が刻まれた名刺を差し出してくる。
銀行の人……! そういえば営業に来てたけど、まだいたんだ……!
「……あ、名刺……? 羊皮紙なのに金色の文字が入ってる……」
紙が貴重なこの世界で名刺を持っているだけでもすごいのに、魔術的なホログラムの透かしまで入っている。
偽造防止魔法かな……本格的すぎる。
「――大変長らくお待たせいたしました、素晴らしい歌巫女様、そして美しき舞手様。私、ナニヴァル中央魔術銀行・営業部特別営業官のシュパール・カッサと申します!」
……待ってはいなかったけども……
薫が名刺を受け取り、透かしを見つめながら呟く。
「……シュパール? 『貯蓄』みたいな名前だな」
「左様でございます、薫様! 我がカッサ家は代々、お客様の大切な財産を『貯蓄』し、安全に守り抜くことを使命とする銀行家の家系! 貯蓄こそが我が命にございます!」
胸を張るシュパールさん。
妙に誇らしげで仕事への愛を感じる。
「演奏会の感動的なフィナーレ、ファンクラブの発足、そして……元騎士様の泥酔による情熱的な愛の誓いまで。邪魔をしてはならぬと息を殺してタイミングを計っておりました。三度ほど参ろうといたしましたが、皆様のお取込み中でしたので」
……ファンクラブからジークの泥酔まで全部見ていたんだ……
「――時に美優様」
「はい……?」
「目の前に積み上がった、この輝かしい大金貨と銀貨の山――このまま袋に入れて夜道を歩かれるおつもりでしょうか?」
「あ、それは……」
「それに、これほどの硬貨、お二人で手で数えていては朝になってしまいます。よろしければ、当行が誇るこちらの『魔導計数機』をお使いください!」
シュパールさんが差し出したのは、銀の装飾が施された重厚な革のトランク。
「えーと……お言葉に甘えて、その機械をお借りしますね……」
半信半疑で硬貨を投入すると――
チャリンチャリンカチャカチャ……!
恐ろしい勢いで吸い込まれ、魔石の画面に数字が浮かび上がった。
まさに異世界版の超高性能ATMだ。
エコバッグがパンパンだったからそれなりの額だと思っていたけれど――表示された合計額を見て、私と薫は目を疑った。
なんと、日本円に換算して……およそ五百万円以上……!?
「えええぇぇ……!!?」
山分けにしても二百五十万円。全財産をスられた貧乏のどん底から、たった一晩で大逆転だ!
シュパールさんが満足そうに深く頷く。
「重いので高額金貨に両替いたしましょう。ですが、これほどの大金を夜道で持ち歩くのは大変危険です。
今夜はこの強力な結界つき保管袋にお納め下さい。私が警備隊とともに護衛いたします。そして明日の朝、本店にて正式に口座開設とご預金のお手続きをなさって下さいませ!」
「あ、はい……じゃあそうします……」
営業マンらしい素早い手際に感心しつつ、私たちは明日の朝一番で『ナニヴァル中央魔術銀行』の本店へ行く約束をした。
「すごい額になっちゃったね、薫……」
「ああ……まさかここまでとは思わなかったな……」
「何に使おうか?まずは日々の生活費だけど……
私はジークとアンの魔石かな。スマホを連携していつでも連絡を取れるようにしたいし」
「私は防具のメンテナンスだな。それからちょっといい肉を食べたい」
「あー私も! 東のグルメエリアで変わったものの食べ歩きをしたい!」
「あとは……スキンケアの問題もあるな。この世界のコスメは肌に合わないことがある」
「わかる! 化粧水やシャンプーを現代の知識で自作してみるのも楽しそうだね!」
一気に懐が温かくなったことで、女子トークの妄想が止まらない。
でも、無事に精算も終わったし、そろそろ解散の時間だ。
「二人の体調も気になるから、この辺で解散にしようか」
「そうだな。美優、色々と本当にありがとう。一緒にステージに立てて楽しかった」
「こちらこそだよ、薫! 今日はゆっくり休んでね。また明日、スマホで連絡するよ!」
「ああ、美優もお疲れ様」
「爽音も、ゆっくりしてね」
「うん……飲み物、本当にありがとうにゃん。またね……!」
手を振って別れる。
本当に、怒濤のように色々なことがあった長い一日だった。
これであとは、無事に宿に帰るだけ――
「私の剣は、常に貴女と共に……!」
あ、ジークがまだ続いてる。
「アン、ありがとうね。帰ろうか」
「はいはい。騎士様、今日はもう帰るよ」
私とアンの二人で、泥酔して騎士モードが抜けないジークを半分引きずるようにして、夜の街を宿へと向かったのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ジークの過去が少し出てきました。
シュパールさんへの愛着が湧いたので、出番が増えました(笑)
次回は【8/9(日)19:00】に更新予定です。
その回は番外編になります。
薫のファンクラブ会長、エレオノーレがいかにして薫たちのために一晩で邸宅を買うかのドタバタの裏側をお届けします。




