涙の夢と二台目の神改造スマホ。そして詰所で一時間の正座
夢を見た。
お屋敷の陽だまりが綺麗な裏庭。
椅子に座っている私。
その後ろでリアーネが、優しく宝物を扱うような手つきで髪を梳かし、編み上げてくれている。
傍らには、アルトが淹れてくれた温かいハーブティーと、お気に入りの焼き菓子。
「カティア様、今日の編み込みの仕上がりはいかが?
最高の出来だと思うの」
「ふふ、ありがとうリアーネ。
リアーネの編んでくれる髪、温かみがあって大好きよ」
「おやおや、カティア様はリアーネに甘いのですから。私の淹れたお茶も、それくらい褒めていただきたいものです」
遠くから聞こえる心地よい鳥のさえずり。
リアーネの手のぬくもり。
眼鏡の奥から向けられる、アルトの穏やかで優しい眼差し。
「ずっと、この時間が続けばいいのに――」
ゆっくり目を開けると、朝の静かな山。
冷たい空気に触れた頬が妙に濡れていて、自分が泣いていたことに気づく。
胸の奥が、理由の分からない切なさでじんわりと痛んだ。
知らないはずの人たちなのに、どうしてこんなに懐かしいんだろう。
"帰りたい"――そう思った場所は、夢の中の屋敷だった。
夢の温かさがまだ指先に残っていて、現実に戻ったはずなのに心だけ少し置いてきたような気がした。
「美優、どうした?また悪い夢でも……」
先に起きていた薫が、心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「ううん、いい夢だったから心配しないで。
……薫、調子はどう?私は結構回復したよ」
「うん、私も大丈夫だ」
ふと見ると、少し離れたところでジークが愛剣の手入れをしながら、こちらを心配そうに見守っていた。
いつもならその視線にドキリとするはずなのに、今の私の胸を満たしているのは、夢の中のあのひだまりとアルトの優しい眼差しだった。
ジークの顔を見て、胸の奥が少しだけざわついた。
私は首を振って立ち上がる。
気になってたことがあるのでコヨリ様に聞いてみた。
「コヨリ様、お願いがあるのですが、よろしいですか?」
「ん? なんじゃ?」
「薫のスマホも神改造していただけませんか?」
「私のも……できるのか?」
メッセージアプリみたいなもので、薫とも連絡を取り合いたい。
「おお、かまわんぞ。うまいものも、もらったからのぅ。貸してみよ」
コヨリ様が薫からスマホを受け取り、何やら怪しげな光を流し込んでいく。
「これでよし。使ってみるがよい」
「ありがとうございます」
見てみると私のスマホと同じように充電∞で、大気中の魔素を吸収して電力に変換する『魔導バッテリー』を組み込んでいるようだ。
WiFiも繋がり、世界中に張り巡らされた魔力のラインを電波代わりに利用されている。
セキュリティも コヨリ様の加護により、他者からの覗き見や物理的な破壊を無効化。
「これは……すごいな……これで美優との連携も格段に上がる」
「じゃ、テスト送信するね」
私が送ると、薫の方で通知音が響いた。
画面には、私がジークを試し撮りした写真と、
『テストだよー』というメッセージ。
「あ、ちゃんと送れたね」
テスト画面を見た薫が、ふっと口元を緩めてからかうように聞いてきた。
「……ジークの隠し撮りか?」
「ち、違うよ! ちゃんと本人の許可を取って撮影したやつだよ!」
慌てて弁明して笑い合っていると、私のスマホから「チリンッ」という清らかな音がした。
見てみるとそこには、
『美優! ナニヴァルで酒を買っていたようじゃな! ワシの目は誤魔化されんぞ! あとで寄越すのじゃ!』
わあ〜コヨリ様、使いこなしている!
「神様から直接メッセージが飛んでくるなんて、もの凄い状況だな……」
「しかもこれ、通知オフも既読スルーも絶対に許されないやつだね……」
薫と私は顔を見合わせ、異世界の神様の力によってハイテク化してしまった便利な現状に、思わず吹き出してしまった。
これからは通信石を買って設定すれば、アンやジークともスマホでやり取りができる。
そのためにも、早く街に戻ってお金を稼がなきゃ。
――ピコン。
――ピコン。
スマホを見ていると、重なるようにして二回、奇妙な通知音が鳴り響いた。
画面の端に、まるでインクが滲むようにして文字列が浮かび上がってくる
『…………見つけ………必ず……お側に………』
『みつけましたわ! すぐそちらへまいります!』
ノイズまみれの擦り切れた文字と、やたらとはっきりした力強い文字。
そういえば、前にもこんな奇妙な通知が届いたことがあったような……
「コヨリ様、これは一体何でしょう……?」
「お主を誰かが探しているのじゃろうな。魔力波形をこの『すまほ』が勝手に受信してしまい、不完全に表示されている状態じゃ。まあ、いずれわかるじゃろう」
「そう……ですか……」
胸の奥がざわつく。
夢で見たアルトたちの姿が、一瞬だけ脳裏をよぎった。
隣で荷物をまとめてくれているジークの後ろ姿が目に映った。
けれど切ない夢の余韻と謎のメッセージの気配が、その景色をそっと上書きしていくのを私は止められなかった。
片付けをすべて終え、すべての荷物を車のトランクに積み込む。
「コヨリ様、本当にお世話になりました!」
「うむ、またいつでも美味いものを持って顔を出せ」
小さく手を振るもふもふの神様に見送られて、祠を後にした。
今日は急ぎたいので、コブ山を降りてからも目立たない道を選んで車で移動する。
歩みの遅い馬車や旅人を追い抜き、私たちは神改造の車であっという間にナニヴァルまで戻ってきた。
「まずは、警備隊の詰所に行こう」
「うん」
ジークは昨夜、私が帰らないから届け出をしてくれていたらしい。
二十才の女の子だから、遊んでるのではないかと思われたけれど、
「希少な『紫の目』の『転移者』だから誘拐の可能性がある!」と詰め寄ったことで捜査が動いたようだ。
北エリアから西エリアの境目で、奇妙な服を着た「『紫の目』の女」と「黒ずくめの女」が歩いていたという目撃証言も複数あったらしい。
……私たち、目立っていたんだな。
その後、警備隊が西エリアの廃墟で見失ったと言ったので、アンの魔術で探したそうだ。
到着した警備隊の詰所は、石造りの頑丈で物々しい建物だった。
中は意外と雑多で、羊皮紙の人相書きが壁に貼られ、革鎧の隊員たちが書類を整理したり剣の手入れをしたりしている。
忙しくて慌ただしい警察署という雰囲気だ。
取調室のような部屋に通され、事の顛末を説明することになった。
「……魔導具店の店主が、隣国の誘拐組織の手先だったと?」
顔に傷がある警備隊長が机を叩いて立ち上がった。
「はい、私達は薬を盛られ、隣国エンドリーリアの廃城へ拉致されました」
私の後にジークが続ける。
「奴らは『聖域』の出と称して、彼女たちを競売にかけようとしていた。既に主犯格は彼女たちが無力化したが、地下にはまだ被害者がいる可能性がある」
隊長は私の『紫の目』をまじまじと見つめ、それから現代服に目を落とした。
「……なるほど。これだけの騒ぎを起こして自力で戻ってくるとは……
娘さん、あんたたちは相当幸運だったようだな」
「……そうかもしれません」
「これはあそこの金庫にあった帳簿です」
薫がボスの金庫室から持ち出してきた証拠の書類をドサリと机に置いた。
「……ついでに持ってきた」
隊長の顔色が変わる。
これで正当防衛と重大な捜査協力が成立する。
「……よくやった。お前たちの証言をもとに、ただちにエンドリーリアの廃城へ隊を派遣する。今日はもう休め。追って、捜査協力の礼金についての沙汰があるだろう」
隊長が重々しく頷き、ようやく緊迫した報告の場はお開きになった。
ホッとして部屋を出た瞬間、アンが飛び込んできた。
ジークの通信魔導具から連絡を貰っていたのだろう。
「ミュウ! 無事で良かった! どうしようかと思っていたんだよ!」
ぎゅっと抱きついてくる。
「ありがとう、アン……ずっと探してくれてたんだってね……」
「うん……本当に、良かった……」
「自分から西エリアに行った!? しかも得体のしれない店でお茶とお菓子を口にしたの!!?」
「うん……」
私は仁王立ちのアンの前に正座している。
「バカバカ! ミュウは本当にバカだよ!」
「バカです、ごめんなさい……」
「あんなに西には行っちゃダメって言っていたのに!」
「もうしません……」
「当たり前だよ!」
……ああ、ジークの時と同じ流れだなあ。
薫がいる方を見るとスッとあさっての方向を向いて完全に気配を消していた。
薫も帰ったら怒られるんだろうな。
「聞いてるの!?」
「はい……」
アンは一瞬、薫の方を見たけれど、
「薫は……まあいいや! ミュウが先!」
と視線を戻してきた。
アンのお説教はそれから一時間近く続いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回はついに薫の分のスマホも『神改造』されました。
充電∞の魔導バッテリーや、魔力ラインのWiFi接続など、異世界スマホライフがさらに快適(?)になりそうです。
詰所で怒られて正座しているシーンは、書いていてとても楽しかったです(笑)
もし今回のスマホの神改造設定にワクワクしたり、正座シーンでクスッと笑っていただけたら、ページ下部にあるリアクションやブックマークをポチッと押して応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります……!
次回は【7/29(水)19:00】に更新予定です。
三味線とダンスのゲリラライブを決行します。




