悪夢と誘拐組織。囚われの牢で目覚めた力と、謎の短縮詠唱
抜けるような青空。 白い神殿。
本来なら神聖で美しいはずなのに、 私はそれを見るだけで吐き気がした。
薄汚れた床。冷たい水音。錆びた鉄格子。
手首に食い込む鎖。
「穢らわしい『紫の目』の魔女め!」
「その魔力を神に捧げろ!」
焼けるような痛み。魔力が吸い出される感覚。終わることの無い絶望。
魂が削れる音。
(……いや……やめて……)
「━━優!美優!」
誰かが呼んでいる。誰が?
誰でもいい、私をここから連れ出して!
「美優!」
薄く目を開けると、薫が覗き込んでいた。
「あ……薫……夢……?」
「すごくうなされていた。気づいてよかった」
視界が濁り、身体は鉛のように重い。
夢の中で鎖に繋がれていた手首の痛みが、目が覚めてもまだ激しく残っている。
「私……どうしたの……?」
「店で薬を盛られた。お茶に入ってた」
「私たち、誘拐されたんだ」
「……え?」
周囲を見渡す。石造りの牢屋。薄汚れた床。
手首には手枷。肌に食い込んで痛い。
「私は魔力が低い。 だから薬の効きが浅かったみたいだ。
その間に、犯人の話を聞いた」
「ここ……どこ?」
「ここは滅びた隣国、エンドリーリア。
どうやら、転移者誘拐組織の本拠地らしい」
「なんで私たちが……」
「高度な道具を持つ『転移者』。
それに膨大な魔力を持つ『紫の目』
どちらも裏で、とんでもない高値で売れる……らしい」
「そんな……」
「でも、とにかく逃げよう。解毒の魔術をかけるよ」
重い身体を必死に起こし、教わったばかりの呪文を頭の中でなぞる。
━━だけど。
「……あれ?魔力が……練れない……」
手首の手枷がじんわりと冷たく光り、私の魔力を吸い取っていくのが分かった。
指先に魔力が集まる感覚すらない。
(嘘、これ、魔力を封じる道具なんだ……!)
その瞬間、廊下の奥から重い足音が響いてきた。
薫が反射的に伏せる。
私も慌てて目を閉じた。
ガチャリ。
重い扉が開く。
「気づいてねぇな。魔術封じの枷があるし問題ねぇ」
(……やっぱり魔術封じ。だから魔力が練れなかったんだ)
「早くこいつらの身ぐるみを剥いで、荷物を仕分けようぜ」
鍵の音が近づく。
「肌も髪も爪まで綺麗だし……『聖域』の出か?」
「この緑の服、王族献上品レベルだぞ」
「こっちの黒いのも薄くて軽ぇ。古代文明のか?」
「下着まで高く売れそうだな」
下品な笑い声が牢屋に響く。
薫の腕に、男の汚い手が伸びた瞬間━━
「……無礼ね。その汚い手を離しなさい」
自分の口から出たとは思えないほど、低く、冷徹な━━
「別の誰か」━━のような声が響いた。
「あ?」
「なんだこいつ……」
手首に食い込む枷の感触が、胸の奥の「何か」を完全に引き裂いた。
手首に食い込む枷。
冷たい鉄。
錆の匂い。
誰かの悲鳴。
魔力を貪る穢らわしい宗教団体の影。
━━知っている。
この痛みを、私は知っている。
(……邪魔。こんなもの……すべて壊れてしまえ)
魔力を練る必要すらなかった。
手首の枷は、念じただけで粉々に砕け散った。
「次はお前たち」
男二人が青ざめる。
「ひっ……!」
「な、なんだこいつ……!」
「闇よ、意識を沈めよ」
「━━メンタルドミナンス」
短縮詠唱が自然に口をついて出た。
空気が沈む。
男たちの瞳から焦点が消えた。
「私たちの荷物はどこ?」
「……頭領の……金庫部屋……」
「道順は?」
「出て左……突き当たり……右……」
「そう。もう用はないわ」
男たちは虚ろな目のまま立ち尽くしている。
その姿を見ても、胸は何も痛まなかった。
むしろ━━
二度と誰も傷つけられないよう、ここで消してしまえばいい。
闇が静かに集まり始める。
「闇の深淵よ、我が呼び声に応え、形あるものの魔力を断て」
魔力が形を成す━━
「美優!戻れ!」
薫に手首をつかまれた。
意識が水面に浮かび上がるように戻った。
(……今、私……何を……)
「美優、様子がおかしかった。口調も違った。目の色も……光ってた」
「そんな……覚えてない……」
「とにかく、戻ってよかった。荷物の場所もわかったし、出よう」
「うん……あ、枷……あれ?私の無い……?」
「美優が念じたら砕けた」
「えぇ……?念じたら粉々に砕けた!?嘘……
薫のも壊せるかな」
呆然としながらも、薫の手首の枷に触れてみる。
カサンドラ先生のレッスンを思い出し、魔力を細く、まっすぐ流してみると━━
パキン。
軽い音がして枷が砕けて落ちた。
(付け心地も最悪だったし、すごく安物の不良品だったのかな?)
「すごいな……ありがとう」
「やった!次は解毒だね!
カサンドラ先生に叩き込まれたレッスンを思い出しながら……いくよ!」
イメージするのは、浄化させる清らかな光。
「光よ、清めて━━ピュリファイ」
「薫、どう?」
「……かなりマシだが、完全ではないな」
試しに自分にかけてみる。途端に気分はスッキリした。おかしいな……
「もう一回!」
「変わらない。私の魔力が低いせいだ。呪文も効きにくいんだと思う」
「そんな……」
「大丈夫だ。動ける。行こう」
「うん!」
「この犯人たちは、ここに閉じ込めとけばいいね」
「そうだな」
意識のぼんやりした男たちを牢屋の奥へ押し込み、 落ちていた鍵で鉄格子を閉める。
ガチャン。
今度は、向こうが囚われる番だった。
そうして、その部屋を後にした。
読んで下さり、ありがとうございます。
第41話は、前回の不穏な引きからの大ピンチ、そして美優の中に眠る力がまさかの覚醒を果たす回でした。
次の42話。
無事に牢を脱出し、荷物を取り戻すべく頭領の金庫部屋へ向かう二人。
次回は7/12(日)19時頃更新予定です。




